「ふん、少しはやるようになってきたか。ならば……」
彼の体から曹操の色が消え、ミキシマックスが解除される。次の行動を起こすことを察知して身構える。
「1000年に一度の恐怖! 味あわせてくれるわ!」
ザナークが人差し指を天に向ける。彼の背からは青紫色の気が立ち上がっていた。
化身だ。
「来い! 魔界王ゾディアク!」
彼は先程の玄武とは違う見たこともない化身を呼び出した。
左右に大きく広がる槍のようなそれは、巨大な腕なのか、翼であるのか。体の前で交差された腕はまるで罪人のようでもあり、しかし魔界王と冠するだけはありその赤と黒の体は禍々しい気を帯びている。
身体中の汗腺から汗が吹き出る。これは、『恐怖』だ。
「ククク……『魔界王ゾディアク』。これが俺が持つ本来の化身だ!」
身をすくませた雷門イレブンから、ザナークがボールを奪った。ディフェンスを薙ぎ倒し、彼は猛進する。
「全てを凪ぎ払い破壊する……それが俺の力! お前たちなどバラバラに吹き飛ばしてくれるぜ!」
ミキシマックスした白竜のスピードを使って、ザナークの前に躍り出る。視線が交差する。ザナークは愉快そうに目元を歪ませた。
しかしその瞬間、再び肌に鋭い痛みが走った。
「っ……」
全身の血流が暴れだすような嫌な感覚が身体中に起こる。心臓がどくどくと騒ぎ立て、思わず胸元を抑える。目の前でザナークも同じように胸元を抑えていた。
「……くっ、またか……体の中から力が沸き上がってくるような。なんだ、この感じは……」
「……ザナーク、あなたは」
一体、何者であるのか。
そう紡ごうとした刹那、ザナークの眼光に食らい付かれる。息を飲んだ時には、私の体は彼の突進に吹き飛ばされていた。
地面と激突する衝撃に呻く。
不覚だったのはこちらの方だ、彼とは戦うだけだというのに何故問いかけようとしたのか自分でも甚だ疑問だった。
体を起こし雷門ゴールへ素早く視線をやると、ザナークはすでにその目前まで迫っていた。
力を誇示するように両手を広げたザナークの背後に化身でその体を揺らめかせる。
次いでザナークが右手を上げると、化身は赤と黒の槍、もしくは短剣のような突状の武器を生み出した。
六本のそれは弧を描くようにボールへと集約される。鮮烈な赤がボールを中心に迸(ほとばし)る斜方形を成し、それはさながらボールを捕らえる檻だった。
その中心へ降りてきたザナークが憮然と腕組をしたまま、両足でボールを強く蹴り出す。
「レッドプリズン!」
烈々とした赤き檻は剣の切っ先のように鋭く、ゴールへと推進していく。嫌に喉が乾く。この反応はやはり『恐怖』の反応に他ならない。ザナークの言った通り、あの化身は恐怖の権化であるのだろう。
「うわぁぁ!」
化身を出して対抗するも信助の体は赤に吹き飛ばされ、ゴールを知らせるホイッスルが鳴り響いた。フェイと天馬がすぐさま信助の元へ走る。
「信助!!」
「信助、大丈夫!?」
しかし信助は俯いたまま、言葉を発しない。彼の全身はかたかたと震えていた。発汗量、顎と唇の震え、足腰の脱力、すべて『恐れ』の身体反応と見て良いだろう。恐れていたことが形となった。信助はザナークの化身に恐れをなしてしまった。
「なんなんだ、あのシュート……今までに受けたどんなシュートとも違う。あんなのどうやって止めればいいんだ!」
「大丈夫、信助なら止められる!」
「でも! 僕はまだミキシマックスもできてない。あんなシュート止められないよ! 僕、怖いんだ。ごめん……」
俯き言葉を発しなくなった信助に、天馬は狼狽えフェイと顔を見合わせる。
ただでさえザナークの化身は恐怖を人の心に植え付けることに特化したものだと推測出来る。正面から対峙した信助にはあの化身はより恐ろしく、強大なものに見えたのだろう。
再び雷門のボールからゲームは再開したが、瞬く間にザナークの手にボールは渡り再び彼はシュートを打った。
「うっ、うわぁぁぁ!」
悲鳴を上げた信助の足は震えている、このままでは結果は同じだ。素早くゴール前に走り込むと、同じ考えをしたのか化身アームドした天馬とミキシマックスしたフェイがザナークのシュートを押さえた。彼らが勢いを留めてくれたシュートを更に白竜のシュートを『複製』して蹴り返す。三人がかりでシュートは勢いを失い、クリアすることが出来た。
シュートを止めた衝撃で地面に転がった体を起こすと小さな影が駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
眉を下げ、瞳を揺らす信助に息を切らせながらも返答する。
「問題ない。ゴールを守ること、それが今最善の行動だと判断したのみ」
「……ごめんね、リファちゃん」
ぽつりと呟かれた謝罪に、信助の顔を見据える。
「僕が……しっかりゴールを守らなくちゃいけないのに……ごめん……みんな。でも、怖いんだ。あのシュートが。今の僕には止められないよ……!」
握り締めた拳を顔の前に掲げて、信助はきつく目を閉じる。彼の言う通り、今の彼にはあのシュートは止められない。それは事実だと判断することが出来る。
信助が意気消沈し、先程までの雷門の追い風が止む。恐怖と力を見せつけられた雷門の士気が目に見えて下がっていく。
「ふむ、難しい状況になりましたね……今のままではワタクシたちにとって最善の策は『逃げること』です」
ピッチの状況を素早く読み取った孔明がそう口にするのが聞こえてくる。劉備がそれに異を唱えた。
「逃げるだと!? ダメだ! わしは何も成し遂げずに逃げることなどできん!」
「ワタクシは『今のままでは』と言いました。逃げないと言うならば状況を打開する策が必要です……ですが、ザナークの力に怯えてしまった彼に戦う気力はもう無いはず。これでは戦っても損害が増えるだけです」
彼女の言うことは正論だと言える。雷門は既に満身創痍と言ってもいい。この状況では勝敗は見えている。
「……確かに孔明、お前の言う通りかもしれん。だがわしは好かん!」
言い切った劉備の顔を思わず見やった。孔明も同じように目を見開いて彼のことを見ている。劉備は信助に向かって大声で叫んだ。
「立て信助! まだ戦いは終わっておらんぞ! 諦めていいのか!」
劉備の声に、信助がやっと顔を上げる。しかしその面持ちは既に気力を失ったものだった。
「劉備さん……でも僕の力じゃあんなシュートを止めることは……」
「わしも一人では曹操に太刀打ちできん。だから皆がいるんだ。関羽や張飛のような仲間、そして国を支えてくれる多くの民、皆がいてくれたからわしはここにおる。わしがどれだけ無様にやられてもあきらめんのは、守りたい者がいるからだ!」
信助が俯かせていた顔を上げた。『守りたい者』、その言葉に反応したようだった。
「皆の笑顔がないとわしは死んでしまう。水が無くては生きられん魚のようにな! 民を守るためには強い国を作る必要がある。その国を作るまでわしは諦めん!」
信助、と劉備は真っ直ぐに呼び掛ける。
「守りたいものがあるんだろう? だからこんな時代までやってきたんだろう? おめおめと逃げ帰ってもいいのか!!」
信助が息を飲んだのが分かった。彼は何かを思案している様子で、しかしその目には徐々に生気が灯っていく。
「そうだ……僕たちが負けたらサッカーがなくなっちゃう、それにリファちゃんも連れていかれるんだ。これまでだってすごく強い相手と何度も戦ってきた……その度にみんなと力を合わせて勝ってきたんだ!」
信じがたい光景だった。あれほど意気消沈していた彼が、劉備の言葉で力を取り戻したのだ。
「なんと……彼の気が満ちていく……劉備様の言葉が彼に力を与えたというのですか」
これには孔明も驚いた様子だった。劉備の言葉は、意思の力はそれほど人を動かすというのか。
彼の言った言葉を心の内で復唱する。
仲間や支えてくれる者。守りたいもの。皆の笑顔。
呼吸に慎重になる。私には、どれも縁のないもの。けれど信助は、雷門は、私を『そのひとつ』として数えているらしい。
瞬間、体の芯から熱が沸き立ってくる。体内エネルギーの増長、発汗量の増幅、脳が冴える感覚。
今までに味わったことのない感覚の数々が私を襲う。だというのに、不思議と嫌悪感はない。
何故、何故だ。
「サッカーがなくなったら僕は僕じゃなくなっちゃう! 守るんだ……サッカーを! みんなと一緒に! 劉備さん……僕、やります!!」
活力の戻った目がこちらへ向けられる。私の目と目をしっかり合わせ、信助は胸を叩いて見せた。
「リファちゃん、もうゴールは大丈夫。だから点を取りに行って!」
「……信助」
「僕……劉備さんの言葉で目が覚めた。どんなシュートだって止めてみせる! 雷門のゴールは僕が守る!」
両手両足を目一杯に広げて、小さな体はゴール前に立つ。しかしその気は体に留まることなく、何倍にも大きく感じられる。その姿は恐怖に屈していた彼でもなく、またそれ以前の彼でもない。
辿り着いた推測に妙に合点がいった。
信助は復活したのではない。進化したのだ。
「ワンダバ!」
その時、フェイの合図でミキシマックスガンの光が信助と劉備に照射された。
今であればミキシマックスが可能だと判断したのだろう。
「うああああああっ!」
信助の雄叫びと共に辺りが光に包まれる。
やがて光の中から現れたのは、劉備と同じ跳ねた群青の髪をした信助だった。
ミキシマックス、成功。ここでこの旅の任務は達成された。
あと必要なのは、この戦いに勝利する事。それだけ。
「信助、お前とわしならどんな力だって止められる! お前がゴールを守り抜くんだ!」
「はい! 劉備さん!!」
信助に声をかける。自発的に言葉を掛けることに意味はないように思えた。だが、私の口からは突いて言葉が出ていた。
「私の役目は勝利すること。信助、あなたの言う通りに私は得点を狙う」
「うん! リファちゃん!」
信助は快活に笑ってこちらへ拳を突き出してみせた。その行動に反応を示さずにいると、信助は私に催促をした。
「ほら拳、合わせて」
「拳を……合わせる」
行為の意味合いに疑問が生じたが言われるままに拳を作り差し出す。それに対して信助は腕を伸ばし、私の拳に拳で触れた。
「絶対勝とう!」
「……確認した」
何の為の行為で、何の必要性があったのか謎のままだ。だが信助の笑顔を見ていると、何か大切な行為であったのだとそう思えた。


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