※三人称/白竜視点

リファの様子がいつもと違う。
雷門イレブンはすぐさまそれに気付いた。
「リファ……!? 何だ!? これまでと気迫がまるで違う! オーラさえ完全に白竜のようだ……!」
「ありゃあリファで間違いないんじゃきに!?」
少年達は驚嘆する。
確かに視認しただけで完全に相手の動きと力を我が物にしてしまう、リファの『複製』は驚異的な力だった。しかし、まさかここまで完璧な精度を誇るのかと。
フィールドには『もう一人の白竜』が居た。
彼女は本気だ。そしてその本気には、何か目的があるように思える。
その真意にいち早く気付いたのは剣城京介だった。彼女と事前に会話していたこともあるからだろう。彼女が白竜の為に行動していることを彼は見抜いた。
下唇を噛んでいる白竜に向かい、剣城は大声を上げた。
「白竜! リファを見ろ!」
「なっ……!?」
白竜が弾かれるように剣城を見やる。瞬時にその顔面に激怒の色が広がった。激情に任せて白竜も怒鳴り返す。
「剣城! お前まであいつの肩を持つのか!」
「そういうわけじゃないっ!」
断固とした剣城の否定に、白竜は少し気圧された。
剣城は白竜に己の推測を叫ぶ。
これが正しければ、きっと今の状況を打開できるカギになるはずだと彼は踏んだ。
それにリファ・シフルはーー天馬の言う通りだーー決してプレーで嘘は吐かない。
剣城はリファが白竜の不調を立て直そうとしている、そう確信していた。
「きっとあいつは今、ただお前の動きをコピーしているだけではない! そうすることでお前に以前のお前の動きをみせているんだ!」
「だから何だと!」
「思い出させようとしているんだ、お前の元の実力を!」
「俺の……!?」
思いがけない剣城の言葉に白竜は瞠目する。
そんなことを言われても、信じられなかった。ロボットのように、平気な顔をして、淡々と誰かの動きを写し取ってプレーをするリファがよもやそんなことをするとは思えない。それに、リファは自分のことをよく思ってはいないはずだ、そう白竜は思った。
「っ……!」
だが今のリファには確固とした目的と意思を感じる。
本当に剣城の言う通りなのだろうかーー? 瞳を揺らして白竜は疾走するリファを見詰めた。
その様子を見ていた孔明はすうと目を細めた。歴史に名を残す彼女の鑑識眼はすべてを見通す。その視線の先には白竜が居た。
「あの子、力に取り憑かれることを恐れている……力を自分に従わせようとしている……」
白竜は強すぎる自分の力に呑まれるのを、無意識に恐れているのだ。
雷門との激戦に至るまで、ゴッドエデンで究極の強さだけを求め続けたあの日々に、自分が立ち戻ってしまうことを恐怖している。
それはサッカーを楽しむ気持ちと愛する気持ちをようやく掴んだからだ。その気持ちをまた忘れてしまわないよう、力を無理矢理に自分の理性の元に押さえ付けている。それが彼の動きを鈍らせている。
「そしてあの子……」
孔明の瞳は移ろい、リファの姿を捉える。
「彼を導こうとしている……彼のあるべき姿を、無心になって欲している……」
自ら完全なる白竜の『複製』となる程に、リファは白竜の本来の姿を渇望しているのだ。
彼女をそこまで突き動かすものは、きっとーー。
「面白い子達……」
誰にも聞かれることもなく、孔明の呟きは風に溶けていった。

***

竜が全ての音を引き裂く。
何よりも目映い光が、視界をも奪った。

白竜はリファのプレーがちょっとそっとの猿真似で出来る所業ではないと腹の中で認め始めた。
彼女の人の動きを完全にトレースする能力は、彼女を彼女として成り立たせている肉体的な根底に繋がっている。
『白竜』となって完璧なプレーをこなしたリファの姿に彼はそれを見た。

だが、しかし、それでも。
それでも白竜は悔しかった。
例えリファが特殊だとしても、彼女が完璧なプレーを見せたのが悔しかった。
そして今の自分の弱さが悔しかった。
(くそ……)
カットに走っても敵に弄ばれて成功しない。
力が籠りすぎて足がもつれてしまう。
(くそ……っ)
走ってきた影がフォローに入り、ドメインから取り逃したボールを奪った。リファだった。
尚も白竜のプレーを続ける彼女は、本人でさえも自分の姿が重なって見える。冴えないどころか別人のようなサッカーをしている本人より、リファの方がまさしく『白竜』だった。
自分自身のプレーに嫉妬するなんて滑稽だ。
放たれたドラゴンブラスターはその瞬間に全ての音を引き裂いた。
何よりも目映い光が目に痛いほどで、けれどその光から目を離せなかった。
ーーあれが、俺のプレーなのか。

白竜は再び奪われたボールをがむしゃらに追いかけた。焼けるような気持ちが頭の奥で音を立てていた。
いいや、俺はもっと良いプレーが出来るはずだ。
俺ならまだまだやれるはずだ。

『貴方の力はそんなものではない』
ふいにリファの声が、頭のなかで反響した。
「……俺の力は、こんなものじゃない。俺は究極を目指したんだ……!」
今までの過ごしてきた日々を彼は思い出していた。
「こんなことじゃ、俺は今まで何をやってきたのかわからない……」
白竜の行く手に大きな影が立ち塞がった。ボールを持ったザナークが吐き捨てるように言う。
「お話にならねぇな。コピーがあれで本物がこのザマか」
白竜が微かに狼狽える。だが眼光だけは鋭く、ザナークを睨み返した。虚勢でも何でも構わなかった、ただ気持ちだけでも負けられないと白竜は己を奮い立たせる。
ザナークはそんな彼を鼻で笑った。
「この程度のチームがエルドラドのジジイどもに手を焼かせてきたとはな。お前たちじゃこの俺様の遊び相手にはならねぇ!」
そして彼は吠える。

「ザコは消えな!!」


「……ザコだと?」
焼けた鉄を胸に押し付けられたような痛みが走った。
噛み合わない自負心と虚栄心のピースが、白竜の中で擦れあい一際鈍い音を立てた。
「違う!! この俺がザコであるわけがない! 俺はかつて究極を目指したんだっ!」
究極を追い求めていた頃は決定的に愛情が欠けていたけれど、確実に彼の実力を画一したものへ押し上げた。
死ぬ覚悟でサッカーをやってきた時間は十二分に言葉を裏付ける力がある。
そう思えるだけの特訓も経験も重ねてきた。
リファの言葉がまた頭のなかで反芻された。
『貴方の力はそんなものではない』

「……俺の……俺の力は」

自分にはまだやれる。
この程度で終わるわけがないのだ。

「こんなものじゃないんだーーーっ!!」


頬に吹き付けたのは突風だった。
一同が見やった先で孔明が立ち上がっていた。
背中から嵐のごとく吹き荒れる気体が形を成していた。
それは化身だ。人の強い想いが形となって現れたものーー孔明は化身使いだった。
「竜か……!」
気付いた時には天に昇った孔明の竜が、真っ逆さまに頭から白竜を食おうとしていた。
さながら落雷。吹き荒れる想いの力が、雷鳴のような力の塊が、白竜に襲いかかった。
「えっ……ぐわああああああああああ!!」
辺り一面が眩むほどの光に覆われる。衝撃を物語る暴風がプレイヤー達の間を駆け抜けていく。
剣城が白竜の名を叫んだ。

「……!!」
やがて雷の中から姿を現した白竜を見て、雷門の誰もが息を飲んだ。
美しい葡萄染(えびぞめ)の髪が風に棚引く。
佇む白竜には諸葛孔明の『色』が宿されていた。


(18.7.29)


[ 17/53 ]



 
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -