私の足までもが動かなくなった。
白竜の不調によもや私がそこまで要因として関わっているとは想定していなかった。
今私に与えられた務めは、この試合に勝つことに他ならない。
このハーフタイムですべきことは何も無く、指示も与えられていなければ、行動も求められてもいない。
では私は、何故立ち止まっているのだろう。

鎖で締め付けられた時のように体が重かった。
『居場所横取りしてるって思われてもさ、仕方ないんじゃないの?』
牢獄に転がっていた時の記憶が甦り鈍く痛みを生んだ。
外傷も無いのに何故体が痛むのか、何故牢獄にいたことを思い出すのか、私には分からなかった。
私は、どうすれば――


『迷ったら跳べぇ!!』

ふと劉備の言葉が頭に過った。

『適当ではない! 時を逃すなと言っている! 決断しなければ全てを失うぞ!』

牢獄に居た私自身の影が言葉に重なった。
『私も行く』
私はあの時、確かにそう言った。
しかし、あの時の私が、今と同じ痛みを抱えたままだったはずの私が行動をした理由が見つからない。
あの時の私は、脱獄する指示も、要求も、されはしなかったのだ。

急激に視界の冴えるような衝動が、脳天から胸を貫いて、足の裏へと走った。
スパイク越しの芝と土の感触が、私に知らせる。
吹き付ける風に運ばれてくる音が、私に告げる。
あの時の私は、命令も要求も、許しも無く、ただ行動したのだと。
行動の動機はその外にあったのだ。
それが何かは分からない、しかし、一つはっきりと知った。
あの時の私は『時を逃さなかった』のだと。

体を縛り付ける痛みは未だ消えてはいなかった。
けれど、私は歩き出していた。
フィールドの全てが視える。
そして何よりも明確に、俯く白竜の背中が視える。




「貴方の力はこんなものではない」
背中に語りかけると、白竜は弾かれたように顔を上げた。
「お前に俺の何が分かるっ!!」
絞り出すように怒鳴った彼の顔面には、苦渋の色が広がっていた。
痛々しいという表現の真意を初めて知りえた気がした。
蔓延る痛みを制して口を開く。

「私は貴方の過去までは知り得ない。しかし、現在の貴方が強いことは分かっている。そして、たった今、貴方が本来の力を出せていないことも」
雷門に居た間より沈んだ色の白竜の瞳。
だが彼の眼差しは己を語ることを止めてはいない。
私はずっと、彼の目を見詰めていた。
「私には分かっている」


再開のホイッスルが鳴り、ボールが蹴り出された。
大きく息を吸い込む。
不思議と力がみなぎってきた。体が疼いてならない。
ただ、私は走るだけ。

踏み出す一歩はまず、右足から。

体勢を変えないままボールのスピードに合わせて、敵のパスの間へ体を滑り込ませた。
カットしたボールと共にセンターライン付近から上がる。

「潰してやるっ!」
相手のブロックは十分に引き付けてから、スピードに乗って突破。
二人目にはボールを顎先の高さまで跳ね上げ、胸元の中心でキープ。腕を広げる角度は大きく、勢いを殺さずにターンで抜ける。
「リファ!」
剣城に出すパスは他のメンバーより強く、大きく。
やや距離を取って彼の前へ。

パスを取った剣城が目を見開いた。
彼は一瞬だけ私に視線を寄越し、敵を突破すると絶妙のタイミングで私にボールを返してきた。
やはり剣城からのパスが一番取りやすいようだ。
剣城は既に『彼』への加減を弁えている。

私へのマークは3人に増えていた。
「こっちだ!」
すかさずサイドへボールを蹴り出す。天馬が自身のマークを振り切っていた。
アグレッシブビートでディフェンスラインを割った彼からゴール前にパスが飛ぶ。
大きいボールだったが問題は無かった。
『白竜であるならば』確実に取れるボールだ。
剣城も天馬も、私が白竜の動きを複製していることに気付いたようだった。

トラップしたボールを右足で頭上へと蹴り上げる。
心の臓から押し出されたエネルギーが全身を流動する。
胸の中心から、足を通り、宿した熱が再び上がってくると頭の中が真新しい白色に染まるようだった。
体が熱い。
「はあぁあっ!」
煮えたぎった足から金色の竜は爆誕した。
生命力を宿した竜が取り巻く光の球へ、己の満ち満ちた活力を叩き込む。
右足を限り無く引き上げ、一息で。
その一撃を。
「ドラゴンブラスター!!」
『彼』のシュートが、このゴールを貫けないはずが無い。
確信はネットを揺らした。
ゴールポストは煙を纏った。

「と、得点、した……」
雷門もドメインも両者共に口数が少なかった。
「やってくれるじゃねぇか……」
ザナークが酷く不愉快そうに唸る。
地上に降り立って、味わった事の無い感触が実体を持って私を襲った。
白竜を複製している間にも途切れることなくあった感覚。眼球の奥、頭の裏側から烈風が抜けるような感覚は目眩のようなものさえ覚えさせた。閃光が迸る。

これが、白竜なのだ。
澱まず躍動することしか知らない、この力が彼なのだ。

振り返ると、白竜は何とも取れない複雑な表情をして私を見ていた。彼をじっと見つめ返す。
「貴方の力は、そんなものではない」
聞こえるはずもないのに、私は小さく繰り返していた。


(18.7.27)


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