最上階へ辿り着いた私たちを迎えたのは芝生が生い茂る孔明の園だった。
目標である孔明が姿を現す。劉備はすぐさま協力を求めたが、彼女の答えは否だった。
諦めない劉備と孔明のやりとりが続く中、不意に風の流れが変わったのを感じた。周囲を素早く確認する。天馬がこちらを見やった。
「リファ?」
「……来る」
刹那、大型バイクを模したルートクラフトが孔明の園に姿を現した。
そのルートクラフトに見覚えがあった。脱獄の際、ザナークが乗っていたものだ。そして、操縦者は紛れもなく、ザナーク本人だった。
「ザナーク!」
「また現れたか……」
神童と剣城が唸る。察するに、彼は雷門イレブンと敵対しているらしい。共に脱獄したはずの彼が何故エルドラド側に付いているのか、その経緯や目的は不明だ。だが雷門の敵である以上、私も彼とは対立せねばならない。
スフィアデバイスを操り、ザナークは『ザナークドメイン』と称する者たちを呼び寄せた。彼の要求は言わずもがな、サッカーの試合だ。
「ん……?」
ザナークと視線があった。彼が私の存在に気付いたようだ。
「お前か。どこへ流れ着いたのかと思えば、雷門についたのか。丁度いい、手間が省けた」
ザナークはこちらを見て獰猛に笑った。
「リファ……? 知り合い、なのか?」
「……彼とはこちらの時代へ向かう際に接触した」
神童の問いに手短に答える。事実を伝えた、だが、共に脱獄したことを私は咄嗟に伝えることはしなかった。
「リファ・シフル、だったな。てめえにはこっちに来て貰うぜ」
「なっ……!?」
雷門イレブンがどよめく。
「あいつら、リファのことを狙っているのか……!?」
共に脱獄したザナークが私を狙う理由はない。だが、彼は雷門を潰すことに荷担している。それならば、その理由は明白。恐らく、私の身柄をエルドラドに引き渡すのだろう。
恐らく彼は雷門の制圧と私の身柄の確保を条件にエルドラドと何らかの取引をしたのだ。
じりり、と頭の奥の方で痛みのようなものが走る。
殺風景な牢獄の光景が脳裏を過った。

「……私が現在所属しているの雷門。私の所有権、決定権は雷門を統括する天馬、貴方にある」
「えっ!? リファ……?」
面を食らったと言わんばかりに天馬が目を丸くする。私は事実を告げたのみ、そのような反応をされる理由は不明だった。
一瞬だけ、そう告げる口が重いように感じられたのには目を瞑った。
「よく分からないけど……とにかく、リファをエルドラドには渡せないよ。行ったらだめだ」
天馬は眉根を寄せて、そう断言した。まるで何かの宣言のようにさえ聞こえる。
「……確認した」
彼がそう決定したのなら私は、従う。それだけ。
ザナークに向き直って告げる。
「ザナーク、天馬の決定は先の通り。私は貴方にはついて行けない」
「ハッ」
ザナークが可笑しげに片眉を吊り上げた。

「いいぜ……ならてめえらを潰して奪い取るだけだ!」
火蓋は切って落とされた。雷門が身構える中で、信助が呟く。
「負けたら……サッカーの未来も、リファちゃんも奪われるなんて、そんなの絶対駄目だ。絶対、失点は出来ない……!」
試合が始まる前、その時には不思議と頭の奥の痛みはなくなっていた。

***

スフィアデバイスのフィールドメイクで作られたサッカーコートで試合は始まった。
パスを受け取った白竜が前進する。
「行くぞ!」
「ヘッ!させるかよ!!」
「うぉおおおお!」
しかし、ボールは容易く奪われてしまった。白竜の表情筋が驚きに弛む。しかしすぐさまそれを緊張させ、白竜は叫んだ。
「くそ、奪い返す!」
白竜がブロックを試みるもその動きに通常のキレはなかった。そのぶれを見逃さずに敵は難なく突破してしまう。
ボールを持った不気味なマスクの男が言う。
「おいおい、からまわりしてるぜお前」
「くっ……」
白竜は尚もボールを追いかけて走る。私の隣を走る天馬が不安げに眉を潜めた。
「白竜、どうしたんだろう……」
嫌な予感に胸がざわつく。その予感は的中し、白竜の不調はますますもって顕著なものとなった。
彼のプレーはマスクの男が言った通りに全てが空回りし機能しない。
その穴を突かれ、雷門はザナークに点を奪われてしまった。ザナークだけではない、ザナークドメインが強力なチームであることは明白だった。
前半も始まって間もないと言うのに、息を切らせて白竜が俯く。雷門での練習では考えられなかった姿だ。
「くそ!俺の力はこんなものじゃない。俺は究極を目指したんだ……! こんなことじゃ俺は今まで何をやってきたのか分からない……」
「大丈夫、すぐ調子が出るって!誰だって調子の悪い時はあるしミスする時だってあるさ。そんな時はみんなで助け合わなきゃ!」
駆け寄ってきた天馬に白竜が顔を上げた。天馬は胸の前で両手を握りしめ、彼の瞳を見つめ返す。
「白竜、何を焦っている。お前らしくないぞ」
「本調子になるまでうちら全員でフォローするやんね!」
「剣城、みんな……」
剣城と黄名子を始めとする、雷門イレブンの言葉に白竜の焦りは少し収まりを見せたように思えた。
だが、状況は芳しくない。白竜の不調の原因は何なのか、その解明は急務だろう。
そして今の彼を見ていると何故か、呼吸がしづらい。私の胸にかかる重力は大きさを増していくばかりだった。
「ククッあいつら足手まといをカバーする気か。……そう上手くいくかな?」
聞こえてきた呟きに視線を流す。ザナークだ。彼は私の視線に気が付くと、その口の端を持ち上げた。
「へぇ……お前、そんな表情(カオ)も出来たのか。ククッ、面白いじゃねえか」
「……? 何……」
「ぐっ……」
瞬間、肌に痛い程の痺れを感じた。目の前には胸を抑えて、苦悶の表情を浮かべるザナークが居る。嫌にどくどくと激しく、心臓が鳴り響き始めた。
これは、一体何。先程の瞬間のエネルギー放出は、並大抵のものではない。その源は、確かにザナークだったのだ。
「どうしたザナーク」
駆け寄ってきたザナークドメインのメンバーが彼に声を掛けるも、ザナークは何でもないと返した。そして彼はこちらを煽るように睨む。
「それより、次の遊びを始めるか」
一層激しく、嫌な予感がする。
波乱を予期させる試合の行く末を、今の私に読むことは出来なかった。


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