信助のスローイングから試合は再開した。
黄名子からのパスをトラップして、更に天馬に繋げる。
「天馬! パスだ!」
そこへ走り込んできた白竜の様子に異変を感じたのはその時だった。
パスを受け取り白竜が駆けるが、フォームがいつもより整っていない。
彼が通常ドリブルを行う速度よりも今、走る速度の方が速いのだ。
寸分の話であり、プレイに支障をきたす程のものではない。だが、私はその時彼の「ぶれ」を初めて目撃した。
彼の放ったドラゴンブラスターにも先ほどと相違が見られた。
放出されるエネルギーの量が増大している。
そのせいか、比較すると力任せの粗雑なシュートであった。
キーパーの兵馬庸ごとゴールへ捩じ込んだシュートに面々から賞賛の声が掛かる。
白竜は先程より2センチほど大きく肩を上下させ、呼吸を繰り返しながらそれに答えていた。

「リファ!」
神童からパスが渡る。
FWには敵のマークが漏れなくついている。このままゴールを狙いに行くべき、そう判断した。
足首に力を込めた。姿勢を屈めて走り出す。
私はつい先程の白竜の動きを再現した。 
体感すると、やはり違いは明白だった。
足ばかりが先へと動いている。そして、何よりもシュートに込める力の乱れが激しかった。
彼のシュートはこのように力が散漫したものではない。それに、エネルギーが澱んでいる。

やがて試合終了を告げる笛が響き、試合は1対3で雷門の勝利に終わった。
私に与えられた務めは勝利すること。
しかし目的を達成しても、私は胸元に大きく重力がかかったような息苦しささえ感じていた。
「守れたみたいだな」
「はい……! ありがとうございました」
信助と劉備のやりとりを横目に見つつ、白竜に視線を合わせる。
思い返せば、恐らく白竜の様子が変わったのは私と剣城が得点を決めてからだった。ひとしきり観察を終えたのちに、剣城に声を掛ける。
「剣城。確認したい」
「……なんだ」
私だけでは結論が出ない。だが同じFWである剣城京介ならば、彼の変化に何か思うところがあるかもしれないと判断した。
「彼は、何を恐れている」
「恐れている……? もしかして、白竜のことか」
剣城は怪訝な顔をしてこちらを見やる。
思った通り、彼は聡く察しが良い。彼からの意見は十分、参考にする価値がある。
「そう。今の白竜のプレイは、雷門で練習試合をした時の動きとは全く異なっている。自失、躊躇、困惑、焦燥、それらが要因となって現れる体や眼球の動きと、今の彼の状態は一致する点が多く見受けられる。実際に私自身の体で彼の動きを複製し確証は得られた」
遠い白竜の背中から、剣城に向き直り視線を合わせる。
「全ての動作を総合的に見て、彼は何らかの恐怖概念を抱いているのではと結論づけた」
「……お前の、その力は一体何なんだ? 人の動きを精密に読み取り、完全に自分のものにするその力は……」
一瞬だけ、呼吸に慎重になる。
問われれば、答えるだけ。それだけだというのに、不思議と答えを告げる前に一呼吸の間が出来ていた。
息が喉に詰まるような、そんな心地がする。

「これは、私が物心ついた頃から手にしていた力。私が持つ、貴方達にとっては特別な力」
もう一度、呼吸を行う。
「そして貴方にも、誰にも、理解をすることが出来ない力。そう確認している」

剣城は私の答えに何も言わず、暫しの沈黙があった。
潜められた眉には未だ、警戒心が宿っている。彼は私を精査して、見定めているような、そんな気がした。
やがて彼が口を開く。
「恐れているというなら、あいつは今、過去の自分と戦っているのかもしれない。」
「過去……とは」
白竜の過去、それは私の知り得ないことだった。白竜の過去を知っているということは、剣城は雷門イレブンの中でも白竜のことをより詳しく知る人物らしい。
剣城が眉を吊り上げる。
「……あいつには究極を目指して、力だけに固執していた時期があった。俺はお前ほど違和感を感じたわけじゃないが……だが、今のあいつのプレーを見て、なんとなく過去のあいつを思い出したんだ。そうは言っても、頑な所が似ているだけで全く別物だがな」
「力だけに……確かに、今の彼は力任せである面が強い。その為、隙が多く崩すのは容易」
「……焦っているんだ。お前も居るからな」
予想だにしなかった言葉に、数ミリ目を見開く。何故ここで私の存在が出てくるのか、理解が及ばなかった。
「私……が……」
疑問を口にする前に、雷門イレブンから剣城と共に名を呼ばれる。剣城は私に一瞬だけ視線を寄越すと、顎で彼等の方を指し示した。
「ここまでだ、行くぞ」
「……わかった」
白竜のプレイが乱れているのは、彼が己の過去と葛藤している為。一応、結論は出たはずだ。
だというのに、依然として胸元の重力はわだかまったままだった。そしてそれ以上に、落ち着かない。
気になるのは、剣城の言った『私の存在』について。
疑問は頭の中を巡って止まなかった。


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