「……ね、ねぇ、なんかさ、この兵馬庸近付いてきてない?」
兵馬庸の間でそう言ったのは天馬だった。
「何だよ天馬くん。びびってんの?」
「ち、違うって狩屋! でも、なんか、そんな気がしてさ……」
「兵馬庸が動くわけないだろ。へ、変なこと言うなよな……」
「……いいえ」
狩屋が勢いよく振り返る。天馬より数倍は蒼白な顔をしていた。
「リファちゃん、まで、な、な、何言って……」
「先程から気配を感じ、兵馬庸を観察していた。確証が持てたので、報告する」
「え……」
「目測、約21.2センチ。兵馬庸は私達に接近している」
面々の表情が固まり、同時に兵馬庸が一斉に私達の方へ走り出した。
誰ともなく叫び声が上がり雷門イレブンも駆け出す。
「攻撃意思の有無を確認……」
「いいから! リファも逃げるんだよおっ!」
「きゃーーっ!!」
「きゃあああ〜!」
水鳥に腕を掴まれ、茜と葵にも両手を掴まれる。
なすがまま私は彼女らに連れられていった。

劉備の誘導で広間へ出るとそこにあったのはサッカーコートだった。
孔明の試練であるらしい。部屋は密室となり、私達はからくり兵馬庸とのゲームを余儀なくされた。
天馬の指示により、MFとして編成に入る。
そして編成の発表が順にGKへと近づいたその時、劉備が声を上げた。
「わしもキーパーとやらで出る」
驚きを見せる面々の中、真っ先に反対を口にしたのは信助だった。彼もまた、自分がキーパーで出ると主張する。
「孔明に用があるのはわしだ。わしが出ないとなれば勝ったところで会う資格を得られんではないか」
「でも、僕らは勝たなきゃいけないんです!」
両者共に一歩も引かない。私はじっと彼らのことを見ていた。
ザナークと、白竜と、出会ったときと同じ。奇妙な胸のざわつきが私の中にあった。何故か引き付けられる、目を離せなくなるようなそんな感覚だった。
「信助。劉備さんは一度決めたら曲げないんだからしょうがないよ」
「それに今回の相手はエルドラドじゃないし……」
埒が明かないと判断した天馬とフェイが仲裁に入る。それでも信助は是としなかった。
「いやだ! 僕が出る!」
「ここは兄者に従って貰おう」
ついに関羽と張飛によって、実力行使が行われた。両脇を掴まれて、信助はベンチへとつれて行かれる。
「放せ! 僕らは、雷門は負けられないんだ! 僕たちのサッカーを守るために!」
抵抗する信助が無我夢中といった様子で叫ぶ。
雷門イレブンは一連のやりとりを見つめていたが、誰も関羽と張飛たちの実力行使を責めはしなかった。
「……今は休ませた方がいい」
そう言ったのは神童だった。天馬も表情を曇らせていたが彼の意見に同意している。
彼らがそう判断したのなら、私はそれで良い。
だが、胸に留まったままのこの感覚は拭えなかった。
私はただ、ベンチで唇を噛み締め俯く信助の姿を見つめていた。

からくりの土人形は存外に機動力に優れ、雷門を翻弄した。
ディフェンスラインを突破したからくり兵馬庸が雷門ゴールへと迫る。スピードに優れた速水の動きを複製するもセンターライン近くからの距離ではブロックには間に合わなかった。
「劉備さん!」
霧野が叫んだ。今のゴール前には劉備が立っている。
彼のサッカーの技能は未知数。しかしプレイ経験の無い彼がセーブする確率は極めて低いものだと予測される。
「うおぉぉぉ!!」
しかし、劉備はその予測を大きく裏切った。
必殺シュートとの攻防を示す白煙が纏うボールを、彼はしかとその両手に留めている。
私は思わず目を見開いた。彼の能力値への認識を更新する必要がある。
これには雷門イレブンも驚嘆した様子だったがその時、劉備が苦悶の表情で右腕を抑えた。
間違いはない、劉備は腕を負傷した。
「劉備さん! いくらなんでもその腕じゃ!」
「まだ左腕がある!」
ベンチから叫んだ信助に劉備が答える。
ーー何故。
私は純粋に疑問を抱いた。負傷したのならば、セーブの確率は下がる。よって勝率が下がるならば、引くのが得策のはずだ。
それなのに何故。
何故そこまで彼はキーパーとして立ち続けるのか。
「わしはやると決めたらやり遂げる!」
劉備の覇気に、その言葉に不意に身が震えた。
一つの直感が閃光のように脳裏を過る。
ザナーク、白竜、劉備、そして信助。彼らに対して感じた奇妙な胸のざわつきの答えが見えたような気がした。
これは、意思の力だ。
揺るぐことのない、彼らの『強さ』。
私はきっとそれを感じ取っていた。
再び、胸に火が灯ったように熱くなる。
私は彼らの意思力に何かしらの影響を受けているのだと思われる。だがどうして影響を受けているのか、その答えはまだ見つからない。
「リファ、どうかしちゅうか?」
錦に声を掛けられ、思考を中断する。今は試合中、ならばこれは今考えるべきではない。
「……問題ない。試合を続行する」
私はポジションに戻るべく、ゴールの劉備から背を向けた。



試合再開後、カット成功率の高い天馬の動きを利用して私はディフェンスを行った。天馬の動きをトレースしたまま、剣城へとパスを出す。
「デスドロップ!」
荒々しい漆黒のシュートが相手ゴールへ突き刺さった。
「ナイス! リファ、剣城!」
「良い連携だ。この調子でいくぞ!」
天馬と神童から、また挙動ひとつに声がかけられる。しかし、剣城だけは神妙な顔をして私を見ていた。
吊り上がった眉に潜んでいるのは警戒心だった。
「……いくぞ」
「分かった」
白竜が終始厳しい顔付きで私達を見ていたのを、私は視界の端で確認していた。
隣を通りすぎても、彼は何も言わなかった。
だが、その時の彼の気迫は体に留まりきらず、瞬間に肌に痺れを感じるほどだった。


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