未来からの刺客を退けた先。小さな肩をいからせて信助が尋ねてきた。
「やっぱりさっきの劉備さんはキーパー失格だよ……! ねえ、リファちゃんもそう思うでしょ?」
彼が言うのは先ほどのサッカーバトルでのことである。
『わしも出る』
そう言い出したのは劉備だった。彼は洗脳された関羽と張飛を自分が助けると言って聞かなかった。彼曰く『一度決めたら曲げられない』のだと。
しかし先のサッカーバトルで、劉備はゴールを守る役目を放棄し前線へと上がった。
攻撃力を上げるための作戦だと言うが、サッカーにおいてはイレギュラーであり、あまりにも早計な行動だ。
無人のゴールへ向かってゆく敵は神童がブロックし事なきを得た。損害がなかったことが唯一救いと呼べるだろう。
「……キーパーの役割はゴールを守り、後方からゲーム状況を把握してフィールドへ伝えること。それを参照して、先程の劉備の行動はキーパーとして適切ではないと言える」
「だよね!」
以上を踏まえ、求めに従って考察を口にする。と、信助は身を乗り出す勢いでこちらに同意を示した。
「僕たちが負ければ雷門は……サッカーはなくなっちゃう……絶対に失点は出来ないんだ……」
雷門の目的の為には信助が言う通り、失点してはならない。勝たなくてはならない。彼の言うことは正論であると言える。
だが信助の気迫はどこか過剰なものに見える。体の強ばり、筋肉の収縮の仕方、それはまずサッカーをするのに最適なコンディションではない。彼の瞳は鈍く揺らいでいる。
彼をそうさせている原因は体の状態を見るに、何らかの精神的圧力から来る焦燥感ではないかと推測出来る。彼の発言を踏まえれば、それは恐らく『負けられない』という事実と強迫感からだ。
しかし何故彼は、それほどまでの強迫感に囚われているのか。
不意に白竜の言葉が想起された。
ーー『サッカーが好きだからだ!』
不可解だった。信助もまた、それほどまでにサッカーが『好き』なのだろうか。
『好き』とは、それほどまでに人を捕らえるものなのだろうか。
私には理解出来なかった。


***


孔明要塞にはこちらを試す仕掛けがいくつもあった。
辿り着く階ごとに私たちの行く手を阻んだのは、縄玉を蹴って火に潜らせ、全ての燭台に火を灯す仕掛けだ。
異様な部屋の構造に戸惑う雷門イレブンを置いて、まず行動したのは劉備だった。
彼は力の加減もコントロールも乱雑なまま縄玉を蹴り上げる。球は予測通り、音を立てて天井にぶつかった。
塔に大きな音が響き、雷門イレブン達が緊張に体を強ばらせる。
「何も起こらんようだな」
「な……何が起こるか分からなかったのに……」
信助が目を見開き、愕然として呟く。しかし、それに対する劉備の態度は揚々としたものだった。
「それがどうした。失敗したならまたやり直せばいい」
「でも、それでもし大変なことになったら……!」
「だが迷っていては先に進めない!」
言い切った劉備の言葉は確固とした響きを持っていた。
不意に背筋が伸びるような、そんな感覚が体を襲う。
仮にも歴史を作った人物、その人。
肌に感じる彼のオーラはやはり本物だと、本能がそう告げている。
「キーパーは!」
しかし、そこへ目一杯の声が響く。
「キーパーは最後の砦なんです。だからこそ慎重にならなきゃいけないんです」
信助だった。
彼はその小さな体に有り余る程のエネルギーを持って、劉備のオーラにぶつかって行った。
ぞくりと、体が熱くなるような感覚が加わる。これは、一体何か。
「慎重になるが故に行動を起こせないのでは意味がない」
だが劉備とて一歩も引かなかった。頑とした言葉と、視線同士が対峙する。
「ここは僕達でやります」
やがてその視線を切ったのは信助の方だった。
眉間の皺を深めた彼がそう告げて、この話は終止符を打たれた。

「信助……」
隣を見やると天馬が眉を下げて、信助を見つめていた。
ふと、彼と視線が合う。私が見ていたのに気付いて、彼は力なく笑った。
「リファ、どうかした?」
「天馬、不調であるならば休むことを進言する」
「え? ううん、おれは大丈夫だよ。ただ……信助のこと、心配だなって……」
「心、配……」
『心配』。
『楽しい』に引き続き、また意味を知らない言葉だった。彼は私の知らない言葉の多くを知っている。
『楽しい』の時と同じように、彼にその意味を尋ねようとしたが、天馬の顔を見ていると不思議とそう聞くのは憚られた。その原因が何であるかは分からない。
彼らと共に居ると、理解が追い付かないことが多い。『楽しい』や『心配』、そしてもう一つ。
眉を下げていた彼が私に笑いかけたことに、妙な違和感を感じていた。混乱、不安、動揺ーーそういった要素を感じているならば、私に笑いかける必要はなかったはずだ。
「さぁ! 仕掛けを解きに行こっか!」
再び天馬は表情を一転させた。大袈裟にも見えるようにこちらに微笑みかける。
「……了解した」
『仕掛けを解く』、彼がそう言うならばそれに従う他無い。
目的に集中すべく、思考をそこで切り上げる。
それが通常より少し上手くいかなかったのは、稀な誤差であるとそう結論付けた。


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