相手ボールからのゲーム再開後、シュートチャンスは敵に回った。
複数の歯車がボールを巻き込み、スピードと威力を上げる。不規則な軌道を描いてシュートはゴールへと進んでいく。
「くっ……」
劉備が右手を抑えた。彼の右腕は痛みで力が入らないものだと推測出来る。
次こそセーブは不可能、そう思われた。
「力が入らずとも盾にはなる!」
劉備の瞳は頑として揺るがなかった。右手の甲を前へ見せるように掲げ、その右腕の後ろに左腕を添えて支える。文字通り、右腕を盾にしたのだ。
「やらせぬわあぁ!!」
結果、彼はボールを弾き返した。
「すごい……」
誰ともなく、そのような呟きがフィールドに溢れた。
一度決めたことはどんな困難であろうと必ずやり遂げる。それが龍玄徳だと関羽と張飛は言う。
苦しむ人々を救う為に、手遅れになる前に自分が国の主になると決めた男。国を治めるためには孔明という人物が必要だと聞けば、孔明に会うために何度も屋敷を訪れる。
絶対なる決断力と行動力。
これが意思の力だというならばーー。
依然として、胸が熱かった。間近に感じるこれが言うなれば、意思の温度だというのか。

敵の三度目の必殺シュートに右腕を弾かれた劉備だったが、彼は頭を使いそのシュートを頭突きで止めて見せた。
しかし彼の消耗は激しい。想定通り、ついに劉備は片膝をついた。
「信助、キーパーを交代だ」
「劉備さん……!?」
交代の申し出は劉備本人からだった。目を丸くする信助に、劉備が語りかける。
「意思を曲げたのではない。守れるものが守る! それだけだ。わしにも守りたいものはある! 任せたぞ、信介!」
龍玄徳、彼はまるで揺るぎない意思の塊が人の形を成したようだった。

***

劉備に代わって信助がキーパーに入ったが、その直後に雷門は失点した。
呆然と立ち尽くす信助に天馬が声をかけると、彼は力ない声で謝罪した。
「どっちにとんでいいのかわからなかった……止めなきゃいけなかったのに……」
信助の技能があれば先程のシュートを止めるには十分であったと計算出来る。しかし、彼は動かなかった。否、彼が言うには『動けなかった』。
信助のことを見れば、彼の筋肉には必要以上に力が入っている。まずこれが彼の動きを鈍らせている原因。それに加えて、彼の眼球がうろうろと泳いでいるところから、『迷い』の心理状況が彼の判断を鈍らせているのだと推測出来る。
これはチームの勝敗にも関わることだ。私は天馬と神童にこの情報を伝達すべきと判断した。
「確かにいつもの信介の動きじゃない。ボールの軌道が読めていないようだ」
「兵馬庸は人形である為、動きに突出した特徴が見受けられない。その為、ボールを蹴る時の癖等から算出されるボールの軌道を読むことが難しい。先程、私も兵馬庸の動きの複製を試みたが、不可能だった。故にそれを断言することが出来る」
「なるほど……信助の負担を減らさなければならない。ディフェンスを固めるぞ、みんな!」
神童から指示が出されたことでディフェンスは厚くなった。しかし、信助のカバーまで行えばディフェンス陣の疲弊は必至。その穴を攻められれば崩れてしまう。
「信助!」
天馬が叫んだ。ディフェンスの穴を見逃さなかった兵馬庸が再びゴールへと迫る。
ゴールまでの距離と、出力できるスピード、そして技の発動時間、計算してもシュートブロックは不可能。今の試合時間で再び失点しては巻き返すのは困難になる。
危機的状況であると認識したその時だった。

「迷ったら跳べぇ!!」

ベンチから声を張り上げたのは劉備だった。信助が瞠目する。
「どのみちどっちにくるか考えても間に合わん! だったら運に任せて跳んでみろ!」
「運に任せて跳んでみろって、そんな適当な!」
「適当ではない! 時を逃すなと言っている! 決断しなければ全てを失うぞ!」
大気を震わす劉備の声は、真っ直ぐと聞く者へと届く。
「信介! 守りたいものがあるのだろう!」
私はその時、信助の瞳に光が宿ったのを確認した。信助の体の強張りが解ける。眉を吊り上げた彼から発せられたのは、その小さな体の何倍以上にも大きな意思の力だった。
「僕はサッカーを守る!」
信助が地面に手を着いた瞬間。
彼は目に見えない程の速度でゴール前から消えた。視線を移せば、彼はコートの端へと移動している。そのまま真っ直ぐに、ゴール前まで猛然と走り込んでくる。
「ぶっとびパンチ!」
捉えた。
ゴールの真横から飛び込んだ彼のパンチングはボールの軌道を完全に捉えていた。ボールは空中へと跳ね上がり、それを信助がキャッチする。
「……取れた……!」
雷門イレブンから歓声が上がった。信助の復活と新たな必殺技に、チームの士気も向上する。
「よし! このまま決めるぞ!」
天馬の呼び掛けに、小さく頷いた。
敵陣へ上がっていくのと同時に思考する。
劉備の言葉で、信助の中に気が満ちていったのを私は確認した。意思の温度、それが彼の中にも宿っているならば、今はそれを持続させるべきだ。
必ず得点せねばならないとそう思えた。


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