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強くなる君へ



遠心力に頼って剣を振るっても、魔物に命中するわけはなかった。魔物に浴びせられた毒のせいで、私の視界は最早輪郭を失っている。
「っ……!」

私は後悔した。けれど舌打ちを打つような、そんな気分ではなかった。
痺れて制御の利かなくなった体は煮えたぎる様に熱い。ついに私は、剣を握る事さえ出来なくなった。傷だらけの全身を激痛が走る、もう限界だ。
一緒に旅をしている、双子の魔道士の姿が脳裏に映った。真黒なローブを着た白魔導師の彼と真っ白なローブを着た黒魔導師の彼の存在は、私にとって言い表せないくらい大きな存在だった。


ごめんなさい。私、やっぱり何にも出来ないよ。

奇声を上げる魔物の影が私に掛かると同時に、膝からふっと力が抜けた。


「名前!」

すると背後から、切羽詰まったテノールの声が響いた。

冷たい地面に崩れるはずだった背中が、温かい胸に抱きとめられる。驚いた時には、もう私はしゃがみこんだその体温に全身を預ける形になっていた。
「ノ……ボリ……?」
「名前! しっかりして下さいまし!」
と、そんなノボリの声を遮って、一つの呪文が叩きつけるように叫ばれた。
「《……黒雲より白き洗礼の雨を!》 稲妻よ、降り注げっ!!」

次の瞬間、激しい雷鳴と共にぼやけた闇夜が昼の如く真っ白に染まる。
「……ク、ダリ……も」
今私達の周囲には、稲妻が烈々と降り注いで魔物達を引き裂いているんだろう。既に視界は無いけど分かる。やっぱりクダリの魔法は凄い。

「クダリ!」
「うんっ! よいしょっ!」
二人は何かの意思疎通をして、ノボリが小さく呪文の詠唱を始めた。耳元で聞こえるそれから意識を外すと、鈍く聞こえてくる打撃音と魔物の鳴き声。クダリが自慢のメイスで魔物達を蹴散らしている姿が目に浮かんだ。
そうしているうちに視界は紫色の光に包まれていた。
「《大地よ、大いなる生命の咆哮を轟かせたまえ!》 これ、ぼくらの名前苛めたキミ達に置き土産ね!」
「《……空間を超越し、迷える旅人を遥かな地に誘わん!》」
「大爆発ぅッ!!」
二人の声が合唱し、地面が割れて噴き上がった爆破音は、光に遮られてほんの数秒しか聞く事は出来なかった。



* * *



「《天翔ける星夜の月、その清浄なる月光で 彼の者らに癒しと浄化を》」
足元に展開した魔法陣の光が、全身の傷口をみるみるうちに塞いだ。同時に感覚器官を麻痺させた毒の熱もすうっと薄れていく。輪郭を取り戻した景色は、近辺の村の入り口。ノボリが使ったのは空間移動の魔法だった。

「治癒と解毒は済みました、あとは安静にしていれば……完全に健康体です」
「……ありがとう、ノボリ」
「そう、よかった……」
ノボリが顔を伏せて、私を抱きかかえる腕に力を込めた。私はノボリの次の台詞を図らずとも悟っていた。


「名前、何故あのようなことをしたのです」
案の定、返せる言葉は見当たらない。

「寝床を抜け出してこの真夜中に一人で魔物と戦うなど、無謀だとは感じなかったのですか!? ……わたくし達の到着がもう少し遅かったら……貴女は死んでいました……!」

怒気を孕んだ声は掠れて消えていくようで、彼に似合わない程弱々しい。まだ体の感覚が戻りきっていないだけかもしれないけど、その腕は震えているような気がした。
奥歯を噛み締めれば、涙の粒が頬を転がり落ちる。
二人に頼るばかりでは居たくないのに、ノボリの胸の中で泣きだす私は本当に卑怯だと思う。でも、だからこそ伝えたいことがあった。



「……ごめん、なさい。ノボリ、クダリ……私、つ……よく……なりたかったの……」

「……強く?」
クダリが重ねた言葉をぐっと呑みこんで、私は続けた。拙い言葉でも、彼らに届くだろうか。私はいつだって怖がりで、ずっと忍ばせてきたこのちっぽけな言葉を彼らは聞いてくれるだろうか。そう案じながら。

「……私は……弱いから、二人が寝てる間にこっそり剣の特訓して、少しでも強くなって、二人の力になりたいって……思ったの……私は、魔法も使えないし唯一扱える剣だってすごく下手で……二人みたいに才能なんてなくて……何も出来なくて……」


抱いた感情は果てしなく遠いところにあるもので、それでも少しでも近付こうと思った。
「強く、なりたいの。ノボリとクダリに追い付きたい。でも……」
それどころか差は開いていくばかり。何も出来ない。剣を取り落したあの時の、頭の奥底が遠のいてゆくような感覚、圧倒的な無力感が蘇る。悲鳴のように零れる涙は留まる事を知らず頬を濡らしてゆく。暫く、私の噛み殺した嗚咽だけがその場に響いていた。



「名前!」
やがて、沈黙を破ったのはクダリだった。クダリが弾け飛ぶように私に覆いかぶさって、ぎゅっと抱き付く。
「ありがとう名前。大事な気持ち、教えてくれてありがとう」
穏やかなその声色は、クダリが私の言葉を受け入れてくれた何よりの証拠。

「でも、ゴメンね。ぼくら、名前がそんなに思いつめてたのに全然気付いてなかった」
「……わたくしもすみませんでした、名前……自分が情けないです」
「ちが……違う! クダリも、ノボリも何も悪くないっ……これは私の勝手な……」
「これもわたくし共の勝手な思いでございます。……貴方だからこそ、名前だからこそ苦しんでいる事に気付きたかった……」
ノボリの言葉の真意を掴めずにいると、クダリが「あー」と、どこかもどかしそうに声を吐きだした。

「もー無理、限界! 名前、ぼく、ボロボロの名前見た時、心臓止まりそうになっちゃったの」
「クダリ……?」
「怖かった。君が居なくなったらぼく堪えられない」
私の肩口に顎を乗せるクダリの表情を、私は知ることが出来ない。再び彼の労わる様な、慰める様な謝罪が鼓膜を震わす。
「ねぇ、名前。ぼくらだって才能ばっかりじゃない、名前と出会う前はすっごくすごーく弱かったよ。でもね、名前のこと守りたくて、強くなったんだよ」
「え……?」
「名前はぼくとノボリの心の支え。ねぇノボリ?」
「ええ」
素直に驚いた。そんなこと初めて聞いたから。
けれどそれは嘘のない真っ白な言葉で、私の心に染み込んでくる。
「……私、二人の力になれてる……の……?」
「当たり前!」

そして、気付いた。

私は劣等感や焦り、そんな混濁した感情の中で独りきりになるんじゃないかと恐れて、足掻くうちに独りよがりになっていたんだ。


「目に見える力ではなくとも、わたくし達は日々貴女に支えられております。ですから、どうか……何も出来ないなどと仰らないで下さいまし!」
確固としたノボリの言葉に、私の中でひとつの感情が浮き彫りになる。とても単純で、ちっぽけで、私に良く似合ったその感情。
私はこんなにも私を想ってくれていた二人の事を見ていなかった。能力や力に惑わされて、私は自ら二人と距離を取ろうとしていた。裏腹に、その感情を隠しながら。


「お願い名前、一人で強くなろうとしないで。ぼくだってノボリと一緒に強くなったよ。一人じゃないよ……!」

クダリの震える肩を濡らしながら、もう声を抑えられなかった。




「……っぅ……強くなりたいのもっ役に立ちたいのもっ本当! っひく……でもっ、っく……ほん、とは、さ、寂し……かっ、たの! 置いて行かれてる、みたいで、ずっと寂しかった!! だっから……強くなって傍に、居たいって……」
「……うん」
「……そうでしたか」

「ねぇ、強く……なりたい! 強くなるっ……! 二人の……傍に居たいっ!」
「うん。いて欲しいし、ぼくらも傍にいるよ」
「ええ……これから強くなる貴方の傍に、これからも居させて下さい」
「ぁぅ……っ、わああぁぁああぁっ……!」

感情を破裂させて泣き叫ぶ私を、黒と白が強く強く抱き締めてくれる。私が遠くに見ようとしていたノボリとクダリは、こんなにも近くに居た。




ねぇ、言いたいこと、見せたいもの、伝えたいことがもっとたくさんあるんだ。
ちっぽけな私はまだちょっぴり怖いけど、それでも共有していきたい。
そしたら、少しだけど強くなれる気がするんだ。




(出会えたなら、はぐれないように手を繋ごうか)
(隣に居る誰かに気付けたなら、それは弱さじゃないよ)








お姉ちゃんこと花影さんのサイト「歌のとおりみち。」様との相互記念に捧げます!
以前、花影さんとメールで盛り上がったFパロです!

サブマスの魔道士設定をどれだけ活かしてかっこよく見せられるか、それを考え抜いたらシリアスど真ん中でした^^;
こんな長くて重い話をよく送りつけようと!でも全力です!(笑)

花影お姉ちゃんこれからもよろしくね!>Д<*

(11.10.18)




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