キスの温度は37.0℃
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駆け寄って抱きついて。
それが貴方の愛情表現。
身体中で、私を好きだと示してくれる。
私もとても嬉しいし、愛しく思う。
けど。けどね。
「名前ー!!」
「またしてもー!!」
モノには限度ってものがあるでしょう。
「つぅ〜…、いたた…」
「名前今日も可愛い!今日はダブル乗りに来たの?マルチ?」
どかーん。今日も凄まじい衝撃が私のお尻を襲う。
いつもいつも言ってますけど、体格差ってものを考えてください。そりゃね、私だって吹けば飛ぶような超か弱い女の子なつもりはないですけど、さすがに成人男性のタックルを受け止められる腕力も脚力もないですよ。それともまさか、私にそんなにムキムキになってほしいんですか。
「…っクダリさん!毎日毎日私とギアステーションの床掃除して楽しいですか!?」
「名前と一緒ならぼく楽しい!」
ダメだこりゃ。
尻餅をついた私ともろともに倒れこんだクダリさんは私を押し倒したみたいな体勢のままご満悦。こんだけ天使な笑顔を見せられて更に怒れるのは彼の片割れくらいだろう。
「もう…。クダリさんのおかげで私、お尻にいくつアザができたと思ってるんですか」
「数えてあげよっか?」
「なんでそういう話になるんですか見せませんよんなもの!! ってきゃあ、ちょっとどこ触って、」
「痛いの痛いのとんでけー!」
「それハタから見たらイタいのはクダリさんですよ!ただセクハラかましてるだけですよ!」
わざとなのか、はたまた純粋なのか。そんなことどうでもよくなるくらい、私をぎゅっとしてくれる腕は優しくて温かい。
だから私は結局、この見た目はかっこよくて中身は可愛い恋人を甘やかして許してしまったりするのである。
その週末。
私はカナワ行きホームに立っていた。
隣にはクダリさん。
今日は初めての、彼のお家にお呼ばれなのだ。
どきどきばくばくな心臓をなんとか押さえつけて、いつもより気合いを入れた「女の子」な服装のスカートをシワが寄るくらい握りしめる。ももももし、まかり間違って「そういう」雰囲気になったとしても大丈夫なようにちゃんと上下揃えた可愛いのつけてきたし!
とか言いつつ、一方ではカナワへ行くついでに星の砂もってアイテムトレードに備えていたりもする私。シャイなんだか図太いんだか自分でも分からない。
「それにしても混んでますねぇ」
「週末はいっつもこんな感じ。名前、はぐれないでね」
恋人繋ぎで重ねた手を、更にぎゅっと握られた。迷子になるほど子供じゃないけど、それが嬉しいから黙ってクダリさんの肩に頭をこすりつけてみた。
隣のおばちゃんの目が「近頃の若いモンは」と言っている。いいんです、若いうちしかできないんですから。
ホームの奥で、トレインが来たことを知らせるライトがきらりと反射した。地下は音が反響して、実際にトレインが滑り込んでくるまでがけっこう煩い。
ブレーキの際 生じる風にスカートが巻き上げられて慌てて引っ張る。うわわ、まさかこんな落とし穴が…!
クダリさんにパンツ見られてないよねっ。目だけで見上げると、ちょうど私を見下ろしていたクダリさんがこてんと首を傾げた。よし大丈夫、見られてない。
扉が開くと、並んでいようといまいと我先にと車内へ飲み込まれていく人達。あれだけいた人数が全員この限られたスペースに入ろうっていうんだから、ちょっと無理がある。
人に押され流されながらも、クダリさんと繋いだ手だけは離さないようにそこに意識を集中する。そのおかげで、なんとか私達は車内でもはぐれずにいられた。
はぐれずにいられたことは嬉しいんだけど、何しろ人に圧されて爪先が辛うじてトレインをかすめているこの体勢はかなりきつい。加えて運の悪いことに、クダリさん含め周りが背の高い人ばっかりだった。
…軽く窒息しそう。
「名前顔色悪い。大丈夫?」
「平気、です…。カナワに着くくらいまでなら…たぶん……」
自信はあんまりないですけど。
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