大丈夫、問題ない 
04



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数日後。
体の傷はすっかり癒えてリハビリもつつがなく終わらせた私は、改めて森の手前で薬草を集めた。手にした賃金から治療費と食事代を引くと、だいたい元の寂しい財布になってしまう。これでは全く意味がない。またどこかでアルバイトを探さなければ。
ため息をつきながら仕方なく外を歩いていると、向こうから新しく旅に出たらしい少年がやってきた。

「あ!そこのお姉さん!目と目があったね!」
「…そうかしら?勘違いじゃなくて?」
「もんどーむよー!勝負だ!」

なんとまぁ昔風の少年だ事。目と目があったら、なんて今どきマナーが悪いと非難されても仕方がない誘い方だ。
それでも懐が心許ない私にとっては渡りに船。いくらバトルが弱くても、新米トレーナーに負けるほどではない。それに…新たな仲間とのコンビネーションも確かめてみたいと思っていたところだった。

少年と近場にあった公園へ入り、対面する。審判は遊具で兄妹と遊んでいた子に頼んだ。可愛らしい妹さんは小さく笑って、お姉さん頑張れと応援してくれ、彼女のお兄さんは少年とルールの確認をしていた。
私は彼女にそっと微笑み返して、持ち場につく。

「いけワンリキー!」
「リッキー!」

少年が投げたボールから現れたのは小柄だがやる気に満ち溢れたワンリキーだった。
なんという事だ。格闘タイプのワンリキーに、はがね悪タイプのキリキザンは相性がまったく良くない。私はエンニュートのボールを取り出そうとした。しかし勝手に飛び出してきたのはキリキザンの方で、その背中からはやる気のような気配が感じられる。

少年はキリキザンを見て一瞬怯んだが、刃が折れていることが分かるや否や、たちまち勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。

「お姉さんバトルしたことないの?」

一瞬で血が沸騰するような激情が、胸を貫いた。
だからと言って表にそれを出すほどお子様でもない私は、努めて冷静を振る舞うのだ。

「さぁ…どうかしらね」
「しょうがないから先手は譲ってあげるよ!いつでもどうぞ!」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えるわね」

身構えるワンリキーへ指をさせば、キリキザンは腕を素早く振り、波動で刃を作り出した。グッと下半身を沈めてから前に飛び出せば、おおよそ人間の目には残像しか残さないスピードがでる。少年が喉から絞り出すような絶望の声を最後に、彼のポケモンは地面にひれ伏した。

「…私達の勝ちね」

ボロボロと泣きながらワンリキーに駆け寄る少年を見下ろして、私は心が静まり返るのを感じていた。
これはいわば快感。それでいて背徳感の伴うそれは決して表に出してはいけない感情。弱者を痛めつけて喜ぶだなんて、そんな非道なことは、あってはいけないのだ。

「キリ…」

振り返ればいつの間にかそばに立っていたキリキザンと目があった。今度は私が逆光になっているな、と頭のどこかで思う。日の下で見る彼の刃は、残された部分だけとはいえ酷く冷たい光を放っていて、それでいて今はとても頼もしく思えた。
バトルに勝ったと言うのに全くの無表情な彼は、数度腕をふって砂埃を落とすと、あっさりとボールへと戻ってしまう。弱者を振り返らないそれは、ボールに縛られたとはいえボスの風格を損ねてはいない。

再び少年を見下ろしてみれば、先ほどの激情に言葉が追いついた。私は彼が、私の為に折った刃を馬鹿にした事が許せなかったらしい。

「…ねぇ」
「グスッ…な、なんだよ…っ!」
「バトルに負けたんだから、お金、出しなさい」
「ヒッ!」

手に乗せられたのは使い古された硬貨が数枚。これくらいの子から貰える金額なんてこんなものだろうと分かってはいたが、今夜の夕食分しかないだなんて正直ガッカリもいいところ。
わんわん泣き喚く少年を背にして、清々しく公園から立ち去ったが、笑顔の可愛らしい妹ちゃんを見ることは出来なかった。その理由がなんなのか、私はちゃんと理解している。

あれから毎日数戦ずつバトルをこなしていくうちに、キリキザンの刃は再び砥がれ、元の輝きを取り戻した。その頃にはもう私は彼を恐れる事もなくなり、変にひもじい思いをしなくて済むようになった。他の手持ちポケモン達ともまぁまぁうまくやっているようで、楽しく過ごしている。

散々お世話になったジョーイさんに見送られ、私達は旅を再開させた。






そして現在。
私達は大きな街へ向かう途中の小さな池の辺りで休憩をとっている。太い幹に背を預けて不貞寝をしているキリキザンに水を引っ掛けてからかっているラプラスを眺めているところ。


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