大丈夫、問題ない 
03



▼ 03

真っ白な天井に消毒液の匂い、電子音が耳障りだ。

「目を覚ましたのね、よかった」
「…ジョーイさ、ん」

呼吸器越しの声はくぐもっていて聞き取りづらい。彼女の手に導かれるままに目を横へ向ければ、心配そうな顔を覗かせるエンニュートとイワンコがいた。2匹とも包帯がしっかりと巻かれており、私と似たような状態である事は明らか。それでもここで見守ってくれていたのだろう。

私はそんな心優しい彼らのことを見捨ててしまった自分自身が恥ずかしくてたまらなかった。

「ラプラスのモンスターボールも無事よ」
「…ありがとうございます…」

綺麗なボールとボロボロのリュックサックがサイドテーブルに置かれる。ジョーイさんはお大事にと作られた自然な笑みを浮かべて病室を立ち去っていく。扉が閉まる際の衝撃で、コマタナによって開けられた穴から未使用のモンスターボールがこぼれ落ちた。
てんてんと転がっていくボールは窓際の壁にたどり着き、そのガラス越しに目があったのは昨晩の悪夢だ。

「…あなた…」
「…」

無感情に細められる瞳はなにを考えているのかわからない。強者となれば視線からでさえ相手の思考が読めると聞くが、相手に悟らせないのもまた強者たる条件なのだろう。
イワンコたちは若干嫌そうな表情を浮かべてはいるものの、威嚇もしなければ警戒もしていなかった。

「ありがとう…この子達を生きて帰してくれて…」
「…キリ」
「…うん、痛くて動けないわ」
「キリリッ」
「笑いごとじゃないったら」

しなやかに弧を描いた目元には優しさのカケラもなかったが、嫌悪や敵対心も感じられなかった。
エンニュートに窓を開けてもらうと、彼は静かに私の枕元へ立った。

無言で交わされる視線にどれほどの想いが伝わっただろうか。あのほろ苦い初恋のような胸の高鳴りはまさに一夜限りの夢だったのかもしれない。今はただその鋭い刃が首に振り下ろされないかがひどく心配で、恐怖心から目線を外すことが出来なかった。
キリキザンは一度だけゆっくり瞬きをし、深呼吸をしたようだ。再び開かれた瞼の奥には少しだけ赤色が灯っている。その灯火の意味がわかるのはいつになるだろうか。
今はまだわからない。知るのが恐ろしいのかもしれない。先に視線を外してしまったのは私の方だった。

「……その刃が怖いの」
「…」
「だから…」
「…」
「折って」

バキリッ

高い音を立てて落とされていく金属音に、心がざわつく。犯罪を犯している人の心中とは、きっとこんな感じなのだろう。
最後の一つはとても澄んだ美しい音色で、新しい音楽の始まりを彷彿とさせた。

全ての刃を自ら折ったキリキザンは窓際に落ちていたボールを拾い上げて、真ん中の小さなボタンを押す。眩い電気光と共に立ち消えた身体は赤と白の球体に収まり、黒い帯で封をされた。ぐらりぐらりと対して揺れる事もなく、ついにはポーンと耳慣れた音が病室に響く。

「…またアルバイトをしなくちゃいけなくっちゃあね」

昨夜の薬草はきっと、汚してしまって使えなくなっただろうから。


next 〉〉〉

←back







×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -