大丈夫、問題ない 
01



▼ 01

数年前。

ここはどこだろうか。
そう思いながら辺りを見回し続けること数時間。もしかしたら数分の出来事だったのかもしれないが、焦燥ばかりが募る状況では正確な時間把握も満足にできなかった。
辺り一面は真っ暗闇で、必死にかき分けて進む藪に腕は傷つき、足も疲れ果てて棒切れのよう。他の陸上で動ける手持ち達は既にボールから出して探索に回していた。そうでなくても、今ポケモンバトルを仕掛けられると、手持ち達よりも私のほうがもたないだろう。それほど心身ともにもうくたびれてしまっていた。

傷薬と空のボール1個、ポケモンフードだけが入ったリュックを肩から下ろす。多少乱雑に投げ出せばそれだけでかなりの開放感を得られた。グッと背伸びをして凝り固まった身体をほぐす。見上げれば木々の間から三日月の端が少しだけ見えて、まるでげんきのかけらだと少し笑ってしまった。しかし楽しかった気分もすぐに萎んでしまい、やれやれとため息を吐くのだ。

ここの森に入ったのには訳がある。
簡単に言えばポケモンセンターからの依頼、いわゆるアルバイトのようなものだ。
まだそんなにバトルをこなしていない私は、その辺にいる人達に仕掛けたところで日銭は幾ばくかしか稼げない。むしろ負けて払わされる方が多かった。手持ちが弱いという訳でなく、きっと私の采配がよろしくないのだろう。負ける度にポケモン達には悔しく辛い思いをさせてしまっていた。それでも愛想を尽かさずついてきてくれる彼らには感謝してもし足りない。
だけど生きている限りお金は必要なわけで、そしていつまでもポケモンセンター周辺にかじりついているわけにもいかなかった。仮にそうしたとしてもジュンサーさんに捕まったりはしないだろうけれど、私のちっぽけなプライドがそれを許さなかったのだ。かと言って既に持ち物を売り尽くしてしまった私にはアルバイトをするしか選択肢はなく、定住するつもりもないのでポケモンセンターからの依頼を受けることになった。
依頼内容は傷薬の精製に使う薬草集め。センターの近くに広がっている森に自生するそれは、特長的な形をした葉っぱなので専門性がない私でもすぐ採れるとのこと。まさしくその通りで、引き受けた1,2時間後には依頼された量を採集できた。しかし私はもう少したくさん持ち帰れば賃金に上乗せがあるのではと欲をかき、森の奥へと足を踏み入れてしまったのだ。
そして冒頭、迷子に至る。

なんとも情けない結果だった。人間欲をかきすぎると身を滅ぼすとはよく昔から言うもので、まさか自分に降りかかるとは思わなかったが、実際こうなってしまったのだから、節度というものを学ばなければならないのだろう。
ぎゅるりとなった腹に侘しさは一層増す。ボールが僅かに揺れ、中からラプラスが心配そうにこちらをうかがっているのがわかった。

「大丈夫。イワンコ達が戻ればセンターにすぐ帰れるから、そしたらいっぱいご飯貰おうね」

財布の残高は既に乏しい。いくら医療機関の食堂で格安に食べさせてもらえるとはいえ、手持ちポケモン達の食事代ですべて消えるだろう。だからこそのアルバイトだ。しかし支払いは明日の朝と言っていたから、私の晩ご飯は水だけで済ませる他ない。

「美味しいパフェが食べたいな…」

空腹時の妄想ほど捗るものはなく、次々と浮かんでくる。

モーモーミルクたっぷりのフワフワパンケーキとロズレイティー、ヤドンテールと厚焼き卵のサンドイッチ、マトマとパイルの夏野菜カレー、ミルタンクチーズケーキ…
どれもこれもショーウィンドウ越しに食べている人たちを眺めては諦めたものだ。きっとポケモン達も食べたかったに違いない。なにせ節約貧乏旅、食事といえば自生している雑草か、ボロい釣竿に引っ掛かった間抜けな魚か、運が良ければきのみと言った程度。加えて味の選り好みなどできる状況でなく、ただ腹を下さぬ程度に食べるようなさもしい物だ。本当にこんな主人によく今の今までついてきてくれた上で、よく言うことを聞いてくれる。私が彼らなら絶対にボールを壊してでも出て行き野生へ戻るだろう。

改めて自分の不甲斐なさについて考えていると、茂みが僅かに揺れた。エンニュートかイワンコが帰ってきたのかもしれない。しかし音がした方へ目を向けてそこにいたのは、1匹のコマタナだった。

私は嫌な汗をかきながらも、冷静に努めてリュックを手に立ち上がる。どこかに逃げなければと周りを見渡せば、また1匹、また1匹とコマタナの姿が見えた。

これはまずい。
コマタナがこんなにもいると言うことは、そのトップであるポケモンもいると言うこと。そして彼らの狩猟スタイルといえば、群れでの体力消耗の後ボスによる一刀両断。そこに慈悲はなく、一切の躊躇無く行われるという。実際に見たことは今まで一度もなかったが、昔読んだ図鑑に書かれた説明に、幼いながら恐怖を感じたことをよく覚えていた。
群れを形成する野生のポケモンは、得てしてその群れの数で強さがわかる。つまり、いまどの方向を向いてもコマタナがいて、更に気配だけはその数倍と感じるこの状況を鑑みると、このボスは相当な手練れだと言えた。
水場もない今はラプラスを出すわけにもいかない。代わりに差し出せるものなんてひとつも持っていない。
まさしく絶体絶命のピンチである。

ああ、でもここで倒れてしまえば、辛い旅も終わらせることができるだろうか…


コトリとボールが僅かに揺れた気がした。


next 〉〉〉

←back







×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -