光年を渡り、鼓動を捧ぐ

宇宙船の調整も終わったし、外の空気でも吸おうか。
そう思い外へ続く宇宙船の扉から出ると、オズロックさんと鉢合わせた。
「わっ」
仰け反った私に対して、彼は構わず直進してきた。
私がバランスを立て直している間にも、粗暴な手付きで外套を脱ぎ捨てている。
「オズロック……さん?」
なんだかとっても、苛立っていらっしゃる。
私は踵を返して室内へと彼の背中を追いかけた。

「この星との会談、何か不都合でも……?」
「あの品の無い下衆共との会談などこちらの要件を伝えて終わった」
わ、出た。
飛び出した罵倒に心の中で呟いた。
「ふん。接待という低能なグズ女共に付き合わされるのはいい加減にうんざりだ。反吐が出る」
「あぁー……」
私達はグランドセレスタギャラクシー開催に向けた準備で各星々を巡っている最中だ。
オズロックさん達の専属とはいえ、私はただの宇宙船操縦士。
お仕事の詳しいことまでは分からないが、その過程で、度々あるらしい。
先程、オズロックさんが罵った「銀河連邦評議会大会委員様」を迎える、しょうもない「接待」とやらが。
「大変でしたね」
「とんだ時間の浪費だ」
ご機嫌を取ってもオズロックさんには無駄なのになぁ。私としては女の子が可哀想に思えるくらいだ。
そして内心、靡かない彼にちょっと安心していたりする。
こういう時、自分の気持ちを自覚してしまって何とも照れ臭いような意地の悪いような。
複雑な心地だ。

「我々は一刻も早く成し遂げねばならんというのに……奴らまとめて消し去ってくれるわ」
歯噛みするオズロックさんの横顔を一瞬だけ見て視線を落とした。
ソファに捨てられた外套を畳む。
「まぁ。忘れましょう。お茶でも淹れましょうか?」
「要らん。それより、イシガシの方はどうだ」
イシガシさんと他の乗船者さん達は別の星で、他のお仕事に当たっていた。
先程連絡を受けた通りに伝える。
「上手くいったそうですよ。予定通り、後で合流するとのことです」
「そうか」
歪んだ表情がすっと姿を消した。
この切り替えの良さは彼の聡明さを物語っていると思う。
羨ましいな。私も彼ほど冷静だったらよかった。
思案する様子を見せて、オズロックさんがこちらに背中を向けた。
背丈こそ大きくはないが、ものを語る背中だ。
同時に、寂しい背中。
少なくとも、私にはそう。
彼はいつも心を揺さぶってくる。

「グズ共ばかりだったがひとつは役立ちそうな情報は手に入ったな。ナマエ、ある惑星に寄りたい。といっても、私も名さえ知らなかったような極小の星だが、知っているか」
いけない。呆けていて反応が遅れそうだった。
どこかと尋ね、告げられた星の名には覚えがあった。
「ああ、あの惑星。本当に辺鄙な星ですね。けれど、ここからそう遠くありません」
「ほう……」
オズロックさんは下ろしていた瞼を持ち上げた。
「それに近辺に利用できるワームホールがあります。むしろそっちから回った方が本来の目的地へより早く着けるかもしれません」
「航路の変更は可能なのだな」
「はい。大丈夫です」
満足そうに口の端を歪めると、オズロックさんは小さく笑った。
「あのグズ共がお前ほどの女なら相手をしてやったのだがな」
「えっ」
心臓が跳ねた。
不意を突かれて耳が熱くなる。
同時に優越感と喜びでたちまち胸が満たされていくのを感じた。
いや、でも、だ、だってその台詞は……すごく、自惚れてしまいそうになるじゃないですか!

「ナマエ」
「は、はい」
つい即答する。
オズロックさんは表情を変えず淡々と言った。

「顔が赤いぞ」
「えっ!」

うわ、まさかそんな。
完全に顔に出ていたみたいだ。
おかげで顔が熱いのに肝が冷えて、とても奇妙な感覚に陥る。
いたって冷静なオズロックさんの口調と態度はまるでじわじわと私を追い詰めてくるようだ。
やっとの思いで返事を返す。
「しっ、してないです」
「見れば分かるというのに嘯いてどうするつもりだ?」
「う……」
最初から分かっていた事だったが、否定は何の意味もなさなかった。
オズロックさんの言う通りだ。
指摘されるとますます恥ずかしくて、自分でも更に顔が赤くなっていくのがよく分かる。

と、彼はほんの少し口の端を吊り上げた。
どきりとする。
予期せずそれは、私の動揺も全て計算通りと思わせるような意味深な笑みだった。
心臓を支配したのは甘い痺れと、冷たい恐怖感。
瞬間に思い知る。

ああ、この人は……私は、この人からーー


「操縦の腕と宇宙地理の知識に関してはこれとない逸材だ」
「……伊達に、さ迷ってませんでしたから。行く宛も無く、この広い宇宙を、隅から隅まで」
「お前だけは本当に良い拾い物をした」
「……見つけたのは、私ですよ」
「くくく、同じことだ」
俯き、心うちで身悶える。
やっぱり、この人は聡い。
背筋を駆け上ってくるこれは、恋心に気付かれている為の羞恥だろうか。それとも腹が見えない彼への恐怖だろうか。それとも憧れか、また切なさか。
絡まりあった感情が一気に喉元を押し上げてきて、どうにかなってしまいそうだ。
「ナマエ、こちらを見ろ」
脳を蕩けさせる声音と心を縛り上げるような言葉。
真っ直ぐに刺さるオズロックさんの視線にゆっくりと瞳を重ねる。

ーー眩しい。

私はコールドスリープから目覚めた直後の彼のことを思い出した。
放浪の延長線で見つけた一隻の宇宙船。
いわゆる難破船だと思って救助を試み、内部へと足を踏み入れた。
それが私とオズロックさん、そしてイクサルの皆ーー帰る場所を失くした者同士の出会いだった。

スリープポッドの中を覗き込んだその瞬間に目を覚ました、オズロックさんの金色を私は忘れることが出来ない。
あの瞬間からずっと同じ、オズロックさんの煌々と光る瞳はいつも眩しい。
ううん、イクサルの人はみんなそう。
かつて母星を捨てて逃げ出した臆病者には眩しすぎるくらい。

「ナマエ」
固く、彼の口から私の名が紡がれる。

「私から目を逸らすな」


ーー私はこの人から、私の全てを以て、もう離れることが出来ない。


「はい。オズロックさん」
呪縛であるなら誓いでもあれ。
そう思いながら、私は確かに答えた。



end.
(15.3.21)

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