おはようセンチメンタル
私の主人は間抜けな女だ。
現に、今も目の前で嫌気が差すほど阿呆面をしている。

『おい、起きろ』
「ううん……おかわりぃ……」
『ええい食うな! 起きろ、この馬鹿者!』

数分の昼寝と眠ってから案の定、主は一向に目を覚まそうとしなかった。
時計は既に半周分を刻んでいる。

主の寝起きが悪いのは今に始まったことではないが、問題なのは学習能力が備わっていないことだ。
もう三十分後には出掛ける用がある。
毎度寝起きにはネグセがどうだのメイクがどうだのと忙しないくせに、主の行動には計画性も一貫性も無いのだから呆れる。
全く。止めてやった私の気遣いも無下にして、よくもへらへら寝たものだ。

『マスター、ゼンゼン、オキナイネー』
『オキナイネー』
抑揚の無い声でギアルがぼやく。
二匹で一匹というこいつは、片方が意思をもった言葉を喋り、もう片方が語尾を復唱する。ややこしい生態だ。
『これは体でも揺すらないと無理そうですね。ねぇ、キリキザンさん』
隣からシャンデラが物言いたげな目を向けてきた。
とは言っても、こ奴の言わんとすることなどもう分かっている。
だからこそ、返答はたった一言。

『断る』
『キリキザン、ハヤク』
『断る』
『ハヤクー』
『主はお前達が起こせ、私は知らん!』

刺さる二つの視線にも(正確には三つだが)無視を決め込む。
私にはそうするしか術がない。
大体、何故私に主の目覚ましを強いるのか。

『マスター、オコセナイ。ダッテボク、ウデ、ナイ』
『ナイ』
『わたしもこの腕なので』
くそ、何故こうも私の仲間には腕のある柔らかい体を持った奴が居ない。

『適材適所です、キリキザンさん。さぁどうぞ』
『何が適材だ! 私は……!』

主に触れたくないのだ、という言葉を寸のところで留めた。
しかし後ろめたさが心中に渦巻く。
計らったようなタイミングで、シャンデラが大きなため息をついた。

『一歩踏み出さないと何にも始りませんよ?』
『何の話だ』
『この意気地無しって話です』
『なっ』
思わず身を乗り出してシャンデラを睨んだ。
しかしシャンデラは真正面から、あまつその目を細めてみせる。
『いつものことなんだから、早く起こせばいいじゃないですか。学習しないんですね』
『っ……何だと!』
この阿呆面と私が同じだとだというのか。
解せん。
『あんまりうだうだ言ってると燃やしちまいますよ』
『その前にふいうちを食らわせてやる』
『ケンカ? ケンカスルノ? ヤッチマエ、ヤッチマエー』
歪んだ曲線の瞳と睨み合い、数秒を過ごす。
ギアルの煽りを聞き流しているうちに、不思議と少しずつ冷静になってゆく自分が居た。

『……チッ。起こせば良いのだろう、起こせば!』
『本当に素直じゃないですね』
『何か言ったか』
『いーえ。これ以上うだうだ言ったら本気で燃やすところでした』
『ふん、やれるものならやってみろ』
『アレ? ナカナオリ?』
『ナカナオリ?』
表面上だけは売り言葉に買い言葉。
承知の上だったのでシャンデラにそれ以上の事は言及してやらない。

だが再び見下ろした主の顔を見て、やはり後悔する。
どうやったらここまで幸せそうな顔をして眠れるのか、私には分からん。
だからこそ私は腕を伸ばすことを躊躇うのだ。



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