「いってらしゃい!」
サッカー日誌
玄関で手を振って「頑張れ!」と叫んでいる母さんに苦笑しながらいってきますと返した。奥のほうで葵がものすごく面倒臭そうな顔をしていたけれど、見なかったことにさせてもらおう(あの状態の母さんを落ち着かせるのはかなりの体力と気力が必要なのだ)。昨日仕事から帰ってきた母さんに地区大会の決勝に出るのだと言ったところ、どこからかメガホンを取り出してきて何故か応援歌を作り始めた(近所迷惑だとか、それを聞いてやめる人なら葵はあんなに嫌な顔はしない)。
――精一杯やってらっしゃい!
そう言ってギュッと抱き締めてくれた母さんに、選手に選ばれたプレッシャーと久しぶりにする試合への緊張が吹き飛んだ。大好きなことを大好きな仲間とやるんだ、楽しめばいい。
「…絶対、勝つ。」
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帝国学園というのは魔王の城のようなところで、なんというか、設計した人の趣味が滲み出ているようだ(誰だかはしらないけれど)。若干引きつつも、前を歩く響木さんについていく。みんなの緊張を解そうとしたのか、「壁が迫ってくるかもしれない」「落とし穴があるかもしれない」とふざけ始めた響木さんだったが(みんなからは見えないだろうが笑っているのだ、サングラスの中の目が)、どうやら逆効果だったらしい。隣にいた染岡の顔がいつもより険しくなった。
「……これは一体どういうことかしら?」
「…ごめん。なんというか、冗談が冗談に聞こえない人なんだ。」
苛立たしげに私を睨んだ夏未に頬を掻きながらそう答えると、秋と春菜が苦笑した。未だみんなに冗談を言っている(ホントはからかって遊んでるんだ、絶対)響木さんは、先程帝国の入り口で受付らしき人に言われたロッカールームの前で止まる。すると、いきなり扉が開いて中からゴーグルにマントにドレットヘアーという実に個性的な格好をした、どこか見覚えがなくもない少年が出てきた。
「……帝国マジすげー。」
「いや、空気読めよ。」
何やら険悪なムードになったみんなに耐えきれず、ぼそりと呟くと半田に頭を叩かれた(畜生、半田のくせに)。
「おい、中で何してやがった!?」
染岡はバスの細工事件のことにプラスして、さっき響木さんが言っていた冗談で余計とピリピリしているらしい。ジロリと視線をずらすと、丸いサングラスはすごい勢いで顔を逸らした。
「……先が思いやられるわね。」
「……仰る通りで。」
眉間を抑えて溜め息をついた夏未に頷くしかなかった。
緊張、解れました。
(そーめーおーかー。そんなにツンツンするなよ。)
(だから空気読めよぉぉぉぉぉ!!)