泣いてませんけど何か?






走って走って走って。有名人という言葉に溺れてしまったお姉ちゃんから少しでも遠く離れたくて、周りがどこだか分からなくなってもただひたすら走っていた。





「っ…はぁ、」





こんなに走ったのはいつ以来だろう。心臓がバクバクと大きな音を立てて煩い。学校の授業でだってこんな必死に走ったりしなかったと思う。余程お姉ちゃんから逃げたかったのだろうと思ったら何故か笑ってしまった。一番大切だったのに、すごくすごく大好きだったのになあ。どうしてこうなっちゃうの。ずっと握っていたらしい携帯が私の一番好きな曲を鳴らしながらピカピカと光った。お姉ちゃんだ。






from:お姉ちゃん

sub :無題

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夜遅いんだから
早く帰るのよ。






たったそれだけ。題名もなければ心配するような文もなくて、私はお姉ちゃんにとってその程度の存在だったのかと改めて感じただけ。もしかしたら追いかけて来てくれてるのかなとか、私の気持ちが通じたかなとか、そんなことを考えていたのだけれど。私はなんて馬鹿なんだろう。そんなことしたって無駄なのに。お姉ちゃんが私を心配してくれるわけないのに。一体何を期待していたんだ。





「私…馬鹿みたいね、」





いつの間にか足元にすり寄ってきていたチョロネコにそう呟いて、小さな声で泣いた。チョロネコがまた何かをくわえていた気がするけれど、今はそれに構っていられる程の余裕がない。泣き叫びたいけどここは街外れの林の中で、残念ながら近くにはポケモンセンターがある。誰かに泣き顔を見られるなんて御免だ。カミツレの妹が泣いていたぞなんて言われたら私は二度と出歩けなくなってしまう。一生引きこもりだ。絶対に見られるもんか「ナマエ?」ぜ、ったい…に。





「あ、やっぱりナマエだ!」





なんて最悪なタイミング。君には空気を読むというスキルがないらしい。顔は見られていないけれど、この流れでいくと間違いなく見られる。マズい。というかなんでこんな時間に出歩いてるんだこの少年は。ご丁寧に相棒のピカチュウまで連れてきやがって。





「わ、ちょっと痛い!引っ掻かないでチョロネコ。」





急にチョロネコが私の腕を引っ掻き始めた。一定のところを地味にカリカリやってくるもんだから結構痛い。何がしたいんだと少しだけ顔を上げると、そこには赤い帽子をくわえたチョロネコがいた。





「……お前、」





嫌がらせしたいのか。そうなのかチョロネコ。私のことそんなに嫌いだったのねあぁ悲しいな畜生!こいつ、雌だからっていつまでも優しくしてもらえると思ってるのかコラ。今度から持ち主に返しにいってやんないからな「泣いてるの?」煩い今それどころじゃ、……え?





「何かあったのか?」





いつの間にか少年、サトシの顔が目の前にあった。心配そうな顔で覗き込まれて身動きがとれなくなる。さようなら私の普通な人生。こんにちは新しい引きこもりライフ。どうしよう悲しすぎて全然笑えない。





「とりあえずカミツレさんに連絡を、」

「あ、まっ……待って!!大丈夫だから!」





おそらくポケモンセンターに行こうとしたのだろうサトシの腕を力いっぱい引っ張って止める。ただでさえ人に泣き顔を見られているのに、お姉ちゃんまで呼ばれたら私はこの街にいることすら出来なくなる。何よりお姉ちゃんに私が泣いていたなんて知られることが嫌だ。必死な私にサトシは不思議な顔をしながらも止まってくれた。





「家に帰る?」

「ううん、もう少しここにいる。今の顔じゃ帰れないもの。」

「うーん…じゃあさ、」





ニカッと笑った彼はまた、突拍子もないことを言い出すのだった。





「俺のとこ来いよ!!」









どうしてそうなった。


(いや、だって…え?)

(大丈夫大丈夫!デントの料理は最高に旨いからさ!!)

(いやいやいや、何が大丈夫なの!?)














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