泣かないで。確かにそう言った筈なのに、その言葉は声にならなくて。ぼやけた視界で揺れる亜麻色の髪に重たい腕をそっと伸ばした。
「そー、ご。」
ハッとしてこちらを見た総悟は少ししか上がらない私の腕をギュッと握って自分の顔にすり寄せた。涙で濡れた総悟の頬が手の甲に当たる。攘夷浪士に斬られた傷は痛いのかすら分からなくなっていた。小刻みに震える彼の手に、私は死ぬんだな、なんて今更なことを考えている自分がいた。
「なまえ、俺ァ…また、」
「そ、ご……のせい、じゃない。」
「俺ァまた、大事な人を守れなかった。」
違うのに、いつだって総悟は私やみんなを守ってくれたのに。泣かないでよ。いつもみたいに、ちょっと意地悪そうに笑ってよ。泣いてる総悟なんか、見たくないよ。
「最後、くらい……笑って、総悟、」
「バカ言うんじゃねぇ!!最後なんて、……アンタがいなきゃ俺ァ、」
俺ァ生きていけない。ポタリと私の顔に総悟の涙が落ちてきた。血だらけになった隊服の袖で乱暴に拭う総悟だったけれど、彼の涙はまるで止まることを知らないというように次々と溢れ出てきた。
いつ以来だろう、総悟の涙を見るのは。ミツバさんが亡くなった時、仕事で京へ行っていた私は息を引き取る瞬間も、お葬式さえも、彼が一番苦しかったであろうその時のその場にいることが出来なかった。彼の悲しみを、傍で受け止めてあげることが出来なかった。
「俺も…死ぬから、だから…、」
「駄目…だ、よ。」
ねぇ総悟、どうして私が君を庇ったか分かる?君に生きていてほしいからなんだよ。なのに君がしんでしまったら、私はただの犬死にじゃないか。真選組隊士として、君を慕うひとりの女として、君を守って死ぬことが出来るのなら本望だ。例えそれが君を悲しませる原因になっても。生きて、幸せになってほしい。私の分までなんて重苦しいことは言わないから、総悟には総悟の幸せを。
「そ、う……、」
「何言ってんでィ!聞こえねーよなまえ!!ちゃんと俺の名前呼びなせェ!!」
ありがとう。ごめんね。伝えたいことはいっぱいある。一回のありがとうじゃ伝えきれないくらい感謝してる。一回のごめんねじゃ足りないくらい迷惑をかけた。
だけど本当に、これが最後だから。
「大好き、そーご。」
それこそ、一回だけじゃ足りないくらいに。
勿忘草
(ほんの少し、頭の片隅にある程度でいい)
(私を、忘れないで下さい)
※勿忘草の花言葉は「私を忘れないで下さい」らしい。
勿忘草
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