小説 | ナノ



急に雨が降ってきた。
丁度街の近くで魔物を相手に修行を していたため、濡れ鼠になる前に宿 に戻れたのは不幸中の幸いだろう。
ふと窓を見てみれば、バケツの水 をひっくり返さんばかりの勢いで雨が降っている。 時折雷の音が聞こえていたので、 あっという間にこちらに来るだろう。
少し濡れた髪を乾かすためにタオ ルで水気をとっていると、ドアがカ チャリと音を立てた。
そちらの方を見遣り、自分と同じよ うにタオルを頭に乗せた少女を見つけて、リカルドは首を傾ける。

「どうした、アニーミ」

問われたイリアは顔を俯けて、別に、と呟きを零す。
それを受けて、リカルドは眉間に 皺を寄せた。
普段とは明らかに様子がおかしい。
顔色もいささか悪い気がする。
もしかしたら、雨に濡れて体調を崩 したのかもしれない。
俯いて表情が良く見えないイリア を呼ぼうと口を開いたとき、視界が 一瞬明るくなった。
同時にイリアもばっと顔を上げ、 窓の外を凝視する。
あまり経たない内に、地響きのよ うな音が聞こえてきた。
イリアの身体がビクリと震える。
耳に手をやり、聞こえないように 押さえつけているが、次の雷は更に 近くに落ちたようだ。
バリバリと何かが裂けるような音が 轟き、地面が微かに揺れる。

「………っ!」

恐怖のあまり、イリアは悲鳴をあ げかけた。 その姿を見て、リカルドは彼女を 頭から抱きすくめる。
息を呑む気配を感じたが、また雷がなると身体を強張らせてしまっ た。
その背を優しく撫でながら、リカ ルドはそっと囁く。

「大丈夫だ……」

ゆっくり、そっと撫で続ける。 イリアの方も少しずつだが、身体 の力を緩めていった。
そろそろと顔を上げたイリアを見 て、リカルドは思わず目元を緩める。
大きな瞳に涙を溜めて、恥ずかし のやら泣きたいのやら、わからない 表情で頬を朱色に染めていた。
リカルドはイリアの頭をぽんと撫で、もう一度ふわりと包み込む。
イリアは更に真っ赤になりなが ら、それを隠すようにリカルドの胸 板に顔を押し付けた。
ゴロゴロと雷がなり、きゅっと服 の裾を掴まれる。
さらに抱き締めてやると、おずおずとだが手を背に回して軽く抱き締め返された。
それが愛おしくてたまらない。

「珍しく甘えてくるんだな?」
「……だって………雷怖いんだもん」

やっぱり。
だが何故と考えて、納得する。
イリアの生まれは南西部にあるサニア村。
あそこは雨も滅多に降らないほど の乾燥地帯だ。
そんなところで雷をお目にかける ことなどそうそうない。
故に慣れていないのだろう。
そういった現象に慣れているであろうここらの子供でも、雷が怖くて泣き喚く。
それと同等の恐怖を、おそらくイリアは感じているのだ。
意外と可愛いところもあるんだな、と新たな発見に微笑む。
イリアはそれを気配で感じ取ったのか、さらに頬を擦り寄せる。

「リカルドといると……何だか落ち着く」

ぽつりと呟かれた言葉は、リカル ドの耳にしっかり届いた。

しばらくそうしている内に、雷の音が聞こえなくなった。
おそらく北上していったのだろう。
落ち着きを取り戻したイリアが、 リカルドの背中を軽く叩いた。

「もういいわよ」

リカルドは少し名残惜しそうに腕を解き、イリアも名残惜しそうに離れる。

「大丈夫か?」

そう言って顔を覗き込めば、イリアはうんと頷き、柔らかい笑みが 返ってきた。

「もう大丈夫。ありがと」

リカルドは目を見開き、ふっと口端を上げる。

「大丈夫なら、もうそろそろ自分の 部屋に戻って寝ろ。子供は寝る時間だ」

背を向けてソファへ戻るリカルドに、イリアは少し憤る。

「子供扱いしないでよ!」

そう言ったところでリカルドから してみればイリアが子供であること に変わりはない。
軽く流すだけのリカルドにぷちん と頭の何かが弾けたイリアは、ダッダッと足音を立てながらソファの後 ろに立つ。
そしてリカルドの胸倉を掴むと自 分の方に引き寄せ、その唇に自分のそれを重ねた。
触れるだけで離れて、イリアはリ カルドを睨みつける。

「リカルドが思ってるほど、あたし は子供じゃないわよ」

口早にそう言って、おやすみと身を翻して部屋を出て行く。
それを見送ったリカルドは、小さく吹き出した。

「参ったな、これは」

まだまだ子供じゃないか。
だが、唇を重ねた瞬間、手を伸ば そうとした自分もいる。
イリアは子供だが、子供ではなくなってきているのだ。
嬉しいのやら、嬉しくないのやら。
複雑な気持ちになる。
それでも、イリアが大切で愛しい 気持ちは変わらない。
だから今は堪えよう。
そしていつか時が来たら、今度は自分から手を伸ばせばいい。
その可愛らしい少女に想いを馳せて、リカルドはそっと目を閉じた。




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