一斬侍 | ナノ
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「そういう訳でB市に行きたいんだけど、どうやって行けばいい?」

「いや、そういう訳ってどういう訳だよ。」


時刻は午前10時前。
お邪魔しますの一言と共にサイタマの部屋に入ってきたトモキが開口一番放ったのがその言葉だった。勿論なんの脈絡もなくである。
手元の漫画から顔を上げたサイタマの突っ込みに、トモキが手短に説明した。

ゴーストタウンの無人マンションにトモキが住むようになって一週間。
身一つで異世界からやってきてしまったトモキは金は勿論衣服も家具も調理器具も何も持っていない。
流石に住む場所があってもそれでは暮らせないので、サイタマに全面的に協力を仰いでいた。
服としては3年前のリクルートスーツを。食に関しては、調理はトモキがやるという条件で器具と材料を提供してもらい毎食2人分の食事をつくってしのいでいた。
その間にもトモキは必至でバイト探しをしていたが結果はどこも芳しくなかった。
Z市は勿論隣町まで足を延ばすも、不景気な世の中では身元の怪しいトモキを雇ってくれるバイト先はどこにもなかったのだ。
だからといって、このままずっとサイタマに頼りっぱなしにする訳にはいかない。


「B市はなかなか商業が盛んって聞いたからさ、今度はいけると思うんだよ。」

「おー頑張れ。俺としてもその方が有難い。」

「だからB市の行き方教えてくれ。地図とかないの?」

「そんなもんねぇよ。行き方は…どうだったかな。」


くあっと欠伸をしながらサイタマが立ち上がる。サイタマが貸してやったリクルートスーツをぴしりと着こなしながらトモキが期待の目で見つめている。
そんな期待されてもな…。
サイタマ自身地理には疎かった。怪人の出現に出動するも肝心の場所が分からず、迷った末にやっと辿り着くことがしょっちゅうだ。
B市には一度怪人の撃退に赴いたことがあったはずだが、正確な位置までは覚えていない。

交番にでも聞いた方が早いんじゃねとサイタマが言おうとした時だった。
つけっぱなしにしてあった小型テレビの画面がいきなり切り替わる。安っぽいドラマから、ニュース画面へ。


『緊急速報です!!D市に突如として巨大生物が現れ、D市が消滅しました!』


切羽詰まったアナウンサーの声。スタジオも騒然としている。
二人がその画面に注目する中、アナウンサーはさらに恐ろしいことを口にした。


『現在巨大生物は隣のB市に接近中の模様です!近隣住民は至急非難してください!』


なんだと?!
トモキはテレビ画面へと身を乗り出し、食い入るように画面を見つめた。これから行こうって時になんてこった。


「よかったじゃねーか。その巨大生物って奴がいい目印になるだろうぜ。」

「いや、その前に潰れちゃったら元も子もないし…ってうごっ!」


いつの間にやらヒーロースーツに着替えたサイタマがトモキの襟首をぐいと引っ張った。
首が締まったことで変な声を上げたトモキに構うことなくサイタマはずんずん玄関へと進む。


「早くしろよ。B市に行くんだろ。」

「行くけど…ッ、首ッ!締まってるから!!」


ぱっとトモキを解放したサイタマは手早くブーツを履くと玄関ドアからさっさと出てってしまう。トモキもあわてて狭い玄関で靴を履き後に続こうと扉を開けた。


「じゃ、行くぞ。」


その一言の次の瞬間、もうトモキの足は地面から離れていた。というのもいきなりサイタマの脇に抱えられたのだ。
勿論トモキは抗議しようとした。
しかしその前にサイタマが音速以上の速度で駆け出していた。
ビルを飛び越え、平地を駆け抜ける。
バサバサとなびくサイタマのマントと、風を切る音以外何も聞こえない。
腕が腹にめり込んで苦しいし、というか自分で走れるから放して欲しかったが、あまりのスピードに諦めた。


「あいつか。巨大生物ってのは。」


走りながら言うサイタマの声に顔を上げてみれば、雲よりもずっと高い人型の何かが目に入った。
まさに巨人という言葉がぴったりなその怪物は地響きを鳴らしながら元D市と思しき街の残骸を後に行進を続けている。
そして次に、あの巨人がD市の二の舞にせんとしているのが…。
あの巨人、許すまじ…!絶対に阻止してやろうと意気込んだトモキだが、ゴツンと頭を地面にぶつけるはめになった。
サイタマがぼとりとトモキを下したのだ。


「あのデカブツぶん殴ってくるからちょっと待ってろ。」

「落とすなよ…。え、サイタマお前一人であいつを…?」


トモキの話も聞かずに巨人へと再び駆け出したサイタマは、その足元までくると信じ難い跳躍をし、巨人の肩へと足を着けた。
巨人から500メートル程離れた荒地で、はためくマントを見上げながらトモキは溜息をついた。
…本当にどうやったらあんな身体能力になるんだ?
ぶつけた頭をさすりながら身を起こす。
あの巨人はサイタマがどうにかしてくれるらしいから俺はさっさとB市へ向かおう。
スーツに付着した砂を払いつつ走りだしたトモキがびくりとその足を止める。


「兄さあああああああん!!!おおおおおお!!!」


突然の巨人の咆哮。耳を劈くような大音量にトモキは思わず耳を塞いで巨人を見遣る。
なんだ?兄さん?
サイタマがさっそく何かやらかしたのだろうか。


「どうしてこうなった!俺はただ強さを求めていただけなのに!やっと最強の男になれたというのに!!」

あの巨人…。
トモキは少し憐みの籠った目を巨人に向ける。
なんとなく、かつての自分師匠を思い出した。
ただひたすら盲目的に力を求め、弟子や弟までも殺そうとしたかつての師。
ただ強さを求めたという巨人に彼の姿を重ねずにはいられなかった。

最強か…

一瞬にして街を一つ滅ぼしてしまうような強大な力に、誰もが立ち向かう意思を削がれるような天にそびえる程の巨体。
確かに、それを最強と呼んでも過言ではないだろう。
しかしそうなったからと言って彼は何を得られたのだろう。今彼に何が起きたのかは知らないが、その咆哮は悲痛そうだった。
彼は力を得たことを悔いているんじゃないか?


「最強!!これが俺達兄弟の最強の力ぁああ!」


ひたすらに巨人が大地を殴り続ける。地鳴りと共に、地面が激しく揺れる。
まさかあそこにサイタマいないよなと思いながらも、トモキは巨人の様子を見守った。
力を得たのにも関わらず、満たされずその憤りを大地にぶつけた彼が何を思うのかが気になった。

地響きが収まり、息を切らした巨人の荒い呼吸音だけが響く。ぼっかりと地面に開けられた大穴がその巨人の破壊力の凄まじさを物語っていた。
その大穴を背に己の左の掌を見つめしばし黙っていた巨人は、ぽつりと溢した。


「虚しい…。」


ああ、やっぱり。

その時、底の見えないような大穴から声がした。


「だよな。」


その声の主が目にも止まらぬスピードで大穴から飛び出した。土埃を撒き散らし、ロケットの如く巨人の顔面に迫ったその人物。
巨人が反応してそれを叩き落とすこともできなかった。
どこにそれほどの力を持っているのか。その人物は自分の何千倍もの大きさの巨人を殴り飛ばした。


「圧倒的な力ってのはつまらないものだ。」


またも一撃だった。
吹っ飛ばされる巨人を眺めてトモキは呆れ半分に溜息をつく。
白いマントをたなびかせたサイタマは、一体どれほどのポテンシャルを秘めているのだろう。あんな巨人を一撃で倒してしまう程の強さを持ったサイタマの一言。


「"つまらない"……か。」


かつての師匠に聞かせてやりたいな。
ぼんやりとそう思ったトモキは次の瞬間目の色を変えた。吹っ飛ばされた巨人の巨体が落ちる先がどこだかわかってしまったのだ。

舌打ちしたトモキが地面を蹴った。その伸ばした左手に、橙色に輝く日本刀を携えて。

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