一斬侍 | ナノ
5

続く破壊音と火薬の臭いを頼りにトモキは走った。ついうっかり裸足のまま飛び出してきてしまったため、砂や小石を踏んづけるたび足が痛むが今はそんな事を気にしている場合ではない。
ここがトモキがスタート地点のゴーストタウンの一角である事はサイタマに案内された時に知っていたが、改めてよく見渡せばゴーストタウンと一言で済ませられないものがあった。
荒廃しきって雑草がアスファルトの割れ目から顔を出した道路や中身が空な集合住宅だけでない。
問題はそれらが大きく破壊されているという事だ。
此方に戻ってくる道中見かけたのは車が衝突してもこうはならないだろうという程無惨に壊されたブロック塀とガードレールだった。向こうに見える大型マンションなど隕石でも貫通したのではないかという程の大穴が空き、見通しが良くなってしまっている。
余りにサイタマが平然と歩くものだからトモキは特にその件について触れなかったが、これは明らかに異常だ。
人がいなくなったからこの有り様なのか。こんな有り様になる原因があったから人がいなくなったのか。
恐らくは後者だろう。ではその原因とはなんなのか。

「いや…まさかな」

思い当たった節をトモキは期待半分焦り半分に否定しながら、民家の屋根を蹴る。
高く跳んでみればそれは容易に目に捉える事が出来た。
爆発を引き起こしている原因。ブロック塀を飛び越えた先、無人の交差点にそれはいた。

「ボファファファ!!誰も俺様のバクハツを止めることはできないぃぃ!!!」

体長3メートル以上の筋肉隆々の巨漢。人間の形をしてはいるが、その両腕は異常に太く肥大し、メタリックに黒光りしている。
頭部も腕と同じく黒光りする球体のような物に覆われ、そこから覗く顔はその辺りを歩いてそうなオッサンのそれだった。
怪物のような外見と普通の人間の顔が不釣り合いで、それこそ人面犬でも見ているような不安な気持ちになる。

「えっ…なんだこいつ気持ち悪っ…」

そんな正直な感想を漏らしつつトモキはアスファルトへ音もなく着地した。そして首を傾げてじっと巨漢を観察するように見つめる。
その視線に気づいた巨漢がトモキの姿を認めた。

「隠れてればいいものをよくのこのこ出てきたな人間!!貴様が記念すべき犠牲者第一号だぁぁ!」

叫びながら巨漢がその鉄のように黒光りする腕をトモキへ振り下ろした。その拳を軽く躱すも、トモキは衝撃と痛みを感じた。
最小限の体捌きが仇になった。
空を切った拳が地面へと触れた瞬間、その拳が爆発を起こしたのだ。爆音と爆風から逃れて、アスファルトの破片をかわしつつトモキは大きく飛び退いた。
半径3メートル程のクレーターのような大穴が地面にぼっかりと空いている。

「ボファファ!俺様のバクハツパンチを躱すとはなかなかやるじゃないか。」
「お前…人間?それとも悪魔?」

ダサい技名だなとトモキは思ったが、静かにそう訊ねるだけに留まった。
頬の切り傷から流れる血を手の甲で拭いながらトモキは返答を待ったが、すると巨漢は馬鹿にしたような笑い声を上げた。

「人間だ?悪魔だ?何を言ってる。分からないのか?!俺様は怪人!爆竹で遊び過ぎて怪人になったボマード様だ!!」

怪人という聞き慣れないワードにトモキはさらに首を傾げる。
はて、怪人とは何だったか。
頭の中の字引をひいてみるが、いまいちパッとしない。日曜の朝に放送している戦隊モノに出てくる悪役を想像してしまうが、それにしては目の前の"怪人"とやらは些か子供受けしなさそうなデザインである。

「よく分からないけど、お前が怪人ならお前を倒すのはヒーローの役目だから…邪魔しちゃいけないよな…。ええと、ということは…」

口に出した思考の中で"ヒーロー"という単語にトモキははたと思い当たった。
 「俺趣味でヒーローやっているから。」
今日出会ったばかりの青年、というには毛根年齢をくっている男サイタマ。そういえば彼は"ヒーロー"を自称していなかったか?
とてもそんな風には見えなかったが、もしかして…

「どうした?恐怖のあまり声もでなくなったか?!ならそのまま永遠に喋れなくしてやろう!!」

再び拳を振り上げた怪人に、トモキは行動を起こそうとして、そしてピタリと動きを止めた。
人間離れした動きで何かが怪人の背後に立った。その瞬間嗅覚の捉えた臭いにトモキは唖然とし、そしてその数コンマ一秒後にさらに驚愕するはめになるのだった。

「うるせぇ近所迷惑だ」

ボッという変な音と共に、怪人の巨体に風穴が開く。怪人の背中から腹へ駆け抜けた凄まじい衝撃は怪人の肉体を破壊し、その怪人だった肉片はトモキの頭上を通り越し、その背後でボタボトと地に落ちた。
怪人の風穴を通してトモキとその破壊をもたらした人物との目が合った。

「サイタマ…?」

驚きを露わにしたトモキがぽつりと彼の名をこぼす。
ズズンと二人の間で怪人が崩れ落ちた。その動かぬ巨体をつまらなそうな顔をして一瞥したサイタマが、トモキへと再び目を向ける。

「怪我ねぇか?」
「お、おう…」

一撃だった。
ただのワンパンで、あの怪人を文字通り粉砕した。それも全く本気を出していないようなパンチ。
彼の拳にどれだけの威力があったらあんなことになるのだろう。彼は人間なのか?
トモキとてあの怪人を倒すことくらい訳はなかった。刀を使えば一斬りで、丸腰だろうと頭を殴り潰すなりすれば簡単に息の根を止められた。
しかしそんな物とは同列に考えることが出来ないくらい、サイタマの一撃凄まじかった。次元が違っていた。

「…さっきの続きなんだけど、言うわ。この辺りはこいつみたいな怪人がよく出て来るから、安全確保は自己責任な訳だが…」

どうする?そう尋ねるサイタマの表情はなんだか読み取り難かった。
トモキはしばし考えるような素振りを見せた後、小さくぽつりと溢した。

「サイタマは…人間…?」
「あ?当たり前だろ。怪人と一緒にすんな。で、どうすんだ?」


それがどうしたと言わんばかりのしれっとした口調で返すサイタマ。
まさか聞こえてるとは思わず、そして口に出してしまった己の迂闊さに、トモキは少し慌てたように早口で弁解する。

「わ、悪い、変なこと聞いて…。いや、俺の知り合いにちょっと変わった種族的に人間じゃない奴がいてさ。
あ、そいつもいい奴ですげー強いんだけどサイタマがあんまり強すぎるからもしかしたらとか思っただけで……。
ああ、どうするかって話の方なんだけど、俺の住んでた所にも怪人?みたいなのはいたし、慣れてるっちゃ慣れてるし。むしろ俺はそういうのを狩る仕事を…「話が長い!20文字以内にまとめて言え」

トモキの言葉を遮ってサイタマがピシャリと命令する。
言葉に詰まったトモキはしばし考えるような素振りを見せ、それから少しはにかんだような笑みを浮かべて右手を差し出した。

「まぁ、つまり…"これからよろしくお願いします。お隣さん。"」

句読点合わせてぴったり20字のそのセリフ。
一瞬驚いた顔をしたサイタマだったが、その右手を見つめるとにやりと笑って握り返した。

「引っ越し蕎麦、楽しみにしてるからな。」


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