一斬侍 | ナノ
3

三年前、ある怪人との対決を機に就職活動を止めた。
そして子供の頃からの夢だったヒーローを目指しトレーニングと悪との対決に従事してきた。
誰にも負けない絶対の力。相手がどんな怪人だろうと地球を守れるような圧倒的な力を身につけた。
なのになぜこんなにも満たされない毎日を送っているのか…。

買い物袋をぶら下げたジャージ姿のハゲ頭、サイタマは気の抜けた死んだような目をしながら街中を歩いていた。
道行く女子高生達にハゲ頭を指差され何やらヒソヒソされているがサイタマは気にしない。
というかいちいちそんなものを気にしていたらやっていられない。
わざわざその禿げ頭を指摘しあからさまに馬鹿にしてくるような人間には怒るが、後ろ指を指されることは日常茶飯事。怒るのも面倒くさい。

今日のタイムセールは白菜が安かったから、今日は白菜鍋にしようか。豚肉を挟めば美味いのだけど、豚肉など月末の特売か日曜の朝市くらいでしか安く手に入らない。冷蔵庫の中には挽き肉しか入っていないと記憶していたから、今夜は純白菜鍋になるだろう。まだまだ食べ盛りの成人男性にはいささかボリュームに欠けるが、致し方ない。
そんな風に夕飯のメニューについてサイタマがぼんやりと思考を巡らせている時だった。

「くそったれええええ!!」

公園からの叫び声が鼓膜を突いた。まだ若い男性のようだった。
その声には社会に対する憤りのような、己の人生に対する嘆きのようなものが含まれているような気がしてサイタマは足を止めた。
趣味でヒーローをやっているからといって、公園で叫んでいる不審者に注意するなどということはサイタマはしない。
しかしサイタマはふらりと公園内に足を踏み入れた。

彼の声に自分の声を重ねたのかもしれない。
会社での社畜ぶりやの家庭の軋轢を嘆く中年会社員という風でもないだろう。
その若い声の主が何を思ってそんなことを叫んでいるのか、ただなんとなく気になったのだ。

「野宿か…。明日は仕事見つかんのかな…」

溜息を付きただ項垂れる黒髪の青年。
さながらロダンの彫刻「考える人」のようなポーズ。哀愁すら漂うその姿にサイタマはやはり三年前の己の姿を重ねた。
無職という肩書だけを持ちながらひたすら就職活動を行うの日々。この公園の、まさにそのベンチで安い缶コーヒーを片手に項垂れることもあった。
この青年もそのクチだろうか。
サイタマは青年の座るベンチの反対側の端に腰かけた。

「就活か?お前も大変そうだな」

少し驚いたように顔を上げる青年の顔は、まだ若い。成人して間もないのだろう。
ますますトレーニングを始めた22歳の己を思い出してしまう。
こいつも今から死ぬ気でトレーニングでもし出したら自分のようになるのだろうか。サイタマは有りもしない想像を一瞬する。

「就活…というかバイト探しですね。なかなか上手くいかないもんで…」
「まあ、だろうな。俺も苦労してたわ。何件くらい回ったんだ?」
「20件くらい…。この市の飲食店はほぼ回ったけど、ほとんど門前払いですよ」
「へぇー、バイトなら一つくらい脈ありがあってもいいはずなのにな。前科でもあんのか?」
「いや、前科はないですけど……」
「なんだよ。」

青年は言いにくそうに躊躇ったが、意を決したように答えを吐き出した。

「…身分証も住所もなくて…」

その言葉にサイタマが青年を見る。
見た目だけの判断ではあるが、この青年は至って誠実そうで、少なくとも自己破産や家出をやらかしているような人間には思えなかった。
人は見かけによらないということか。それとも他にもっと深刻な理由でもあるのだろうか。
しばしの沈黙が訪れる。青年は今日の反省か今後の見通しについてか、また考え込み始めてしまった。
予想以上に重たい空気になってしまい、サイタマが話しかけたのを後悔しはじめた時だった。

ふとサイタマの頭にある考えが浮かぶ。訳ありらしい青年を助けてやれるかもしれないある提案。

「家賃タダで手続きもいらないマンション、紹介してやろうか?」



prev next


back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -