一斬侍 | ナノ
2

「ここはまた…、どこだ…」

そう呟きながら空を仰いだトモキの顔にはうんざりしたような表情が浮かんでいる。
声に出して言ってみても返事をしてくれる者はいない。いないからわざわざ声に出してみたとも言える。
というのは、辺り一帯人っ子一人いないのだ。
ここが森だとか砂漠だとか、人がいなくても不思議ではない場所であったならトモキも不安にはならなかっただろう。
しかしここは街中だった。いや、街中というにはいささか不気味な雰囲気がある。
周囲の建物は老朽化し、外壁にヒビが入っているものも少なくない。ブロック塀も故意に破壊されたように崩れ落ちている。
ゴーストタウンという言葉がピッタリな寂しくも不安な場所だった。

「誰かー!いませんかー!?」

少し大きな声を出してみるもやはり返事はない。
ならばと目を閉じスンスンと鼻を蠢かせるが、人らしい匂いはこの辺りからは嗅ぎ取れない。
溜息をついたトモキは遠くから微かに匂う不特定多数の人のそれを頼りに歩き出すのだった。


またかと思った。
魔力というなんとも胡散臭いエネルギーを使い、どういう原理か全くの別世界、所謂異次元へ飛んでしまうなどという摩訶不思議経験にトモキは別段驚かなかった。
前にも経験があるからというのとその原因を知っているからというのが理由だ。
トモキはアスファルトに転がった日本刀を拾い上げ、「またお前か」と渋い顔をした。
ちょっとした曰く付きの所謂妖刀とか魔剣と云った類の代物で度々面倒事を起こす、つまりこの強制的次元旅行はこの刀のせいだった。
さっきまでトモキは自室で昼寝をしていたところだった。依頼もバイトの予定もなく、昼下がりの暖かな日差しの差すベッドに転がって幸せな時間を過ごしていたというのに、特有の浮遊感にはっと目を覚ましてみればこの無人街のアスファルトの上である。
最近使ってやってなかったから怒って嫌がらせをしてきたかもしれない。
トモキは少しだけ刀身を覗かせて

「ストックはまたほぼ0じゃねーかよ、くそ…」

溜め息混じりに端から聞けば完全に厨二病患者な一言を零した。
しかし至って真面目なトモキは当分の身の振り方を考える。

「ええと、まずは仕事と寝床探しだな。飯は最悪残飯漁るか無銭飲食…はやめよ。後は…」

わざわざ声に出すのは周りに人がいないから。そして声でも出していないと不安になってしまう程このゴーストタウンは寂し過ぎたから。
しかし周りから何の反応も返って来ないのはそれはそれで寂しく、トモキは自分を元気づけるように明るい声で言い聞かせた。

「まあ、どんな世界だろうと働き口の一つくらいどうにか見つけられんだろ。その辺には自信あるしなー!」

しかしその言葉はただのフラグでしかなかった事を身を以て知る事になるのだった。





夕暮れ時、人気のまばらになった公園でトモキの声が響く。

「くそったれぇぇぇぇぇ!!!」

掛けたベンチで頭を抱えて一人叫ぶトモキは誰が見ても怪しかったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

「うああああ…20連敗!?世知辛過ぎだろ…!一つくらい雇ってくれる良心的な人がいてくれても…」

全敗だった。甘くみていた。
ここは安全な国と名高い日本だからひたすら店を当たっていけば身分証がなくとも雇ってくれる店が一つくらいあるだろうなどと考えが甘すぎた。
安全だからこそだった。
セキュリティも個人データ管理も進んでいるらしいこの世界で、身分証を持たない異世界人など所詮異物でしかない。
異物だとしても己が信用たる人物であると認識してもらえるのには時間がかかる。この半日ちょっとではそれは不可能だったということだ。
やはり、多少治安の悪い世界の方が自分にとっては生きやすかったのかもしれない。

重い重い溜息をついたトモキはごそごそとポケットを漁る。あまり期待もしていなかったがそこには一セントコインすら入っていない。
金もない。家もない。仕事もない。

「野宿か…。明日は仕事見つけらんのかな…」

トモキが誰に言うでもなくそう呟き、頭を垂れたその時、誰かが隣のベンチに座った。

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