一斬侍 | ナノ
1

「お、お邪魔します。」

開けられた玄関ドアの前で緊張したようにトモキは呟いた。
目の前でドアを片手で支えるサイタマ越しに見える廊下の奥にある部屋は思いの外広く、整然としていた。放置された空き部屋などと言われていたので、酷い物を予想していたトモキだがそれはいい意味で裏切られた。
新生活に明るい光が差し込んできたようでトモキのテンションはぐんと上がる。
半分身を室内へと滑り込ませながらサイタマはその興奮気味な様子に呆れたように言葉を返す。

「今日からお前んちだっての」
「いや、なんかマンションとか久しぶりで…」

溜息をついたサイタマのほら入れよと言う促しの言葉に従ってトモキがそろそろと足を踏み入れる。
狭い玄関から土足のまま廊下へと歩き出そうとしたトモキだが、踏み止まって靴を脱ぐ。その少しぎこちない動きを見たサイタマが

「ああ、外国にいたんだっけな」
「うん。4年くらいだけど、アメリカにいた」

しゃがみこんで靴をくるりと反転させながらトモキは答える。
なかなかちゃんとした奴だなと思いながらサイタマもそれに倣おうとしたが、その前にトモキがサイタマの靴もきれいにそろえてしまった。
立ち上がったトモキは廊下の向こうに見える部屋や狭いキッチンを見渡す。
広さは六畳程で、床のフローリングはこれといっと目立った傷もない。前の主の遺物らしい二人掛けのソファと小さめの四角いローテーブルだけが置いてある。どちらも多少埃は被っているがボロという感じはしなかった。

「きれいな部屋だな。ここが家賃タダなんて…」
「ガスや水道は通ってるし、電気も使えるぜ。ゴーストタウンだから騒音もないしな」
「いやーホントありがとな!こんな超優良物件紹介してくれてさ。サイタマに会わなかったら俺今頃…」
「あー気にすんな気にすんな」

面倒そうに軽く手を振ったサイタマは新居を楽しげに見回す黒髪の青年をちらっと盗み見、そしてうむむと考え込んだ。
彼は喜んでいる様子だがこれでよかったのだろうか。

つい先程会ったばかりの青年。金も仕事も住むところもないという彼に、現在自分が住みついている無人マンションの隣の部屋を紹介してやった。
家賃も不要で最低限の設備が整っている。ホームレスにとってこれほどいい物件はないだろう。その青年トモキもどうやら気に入ったようだ。
ただ、問題が一つだけあった。
というのは、ここZ市のはずれの危険性についてトモキに何も説明してないという事だった。
この辺りの怪人の発生率の異常な高さはZ市では有名な話だが、恐らくトモキはそれを知らない。
郵便もゴミ収集車もやって来ない怪人出現のホットスポットに暮らすなどという選択肢を選ぶ人間は普通いない。誰だって怪人に殺されるのは嫌だろう。
「にしても懐かしいな。マンションなんて高校の友達んちにゲームしに行った時以来でさー」

トモキが上機嫌で廊下を進み、目についたドアや収納スペースを物珍しそうに開いては「お、ユニットバス!」だとか「台所も思ったより広いな」だの無邪気に感想を漏らす。
上品なサイズの調理スペースのガスコンロを点火させ、明るい青が灯ったことに満足したらしいトモキは、悶々と考えるサイタマに構わず話を続ける。

「マンションて金掛かるし一生住むこともないだろうって思ってたから、すげー嬉しいわ。流石ヒーローだな。ありがとう!」

にへっと笑いかけてそんなことを言うトモキにサイタマはひくりと頬をひきつらし、「ま、まあな。」と曖昧な返事をする。
いよいよ引っ込みがつかなくなってきた。
ここへ来るまでの道中、トモキに言った一言を激しく後悔する。
 
 「サイタマって本当にいい奴だな。俺はもうホームレス生活を覚悟してたから…。まさに救いの神」
 「まあ、趣味でヒーローやってるからな。人助けはヒーローの基本だろ」

率直に褒められてつい言ってしまった一言。
明らかな悪を一撃で倒すというサイタマの考えるヒーロー像とは異なるものの、困っている人を助けることには変わりないとガラにもないことを言ってしまった。
後に自分の首を絞める事態になるとも知らずに。
ヒーローは普通、他人にこんな危険地域の物件を紹介しない。
事実を言えば即幻滅されるに決まっている。それも先程かっこつけてしまった分だけ。
かと言って何時までも隠しておける事実でもないし、言わないでいる方が問題だ。

「あーあ、らしくねぇ事すんじゃなかったかな…」

サイタマはトモキに聞こえないよう小さくも深い溜息をついた。

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