一斬侍 | ナノ


順調に走っていけば時間に余裕をもってF市に辿り着けそうだったが、走り始めてすぐゴーストタウンを抜ける前にトモキは足を止めることとなった。

「なんだアイツ」

怪しい怪人を見掛けた。
カマキリのような腕に鋭く尖った大きな顎を持つ怪人が建物から建物へ跳びながら走っていた。トモキに気付いた様子はなく、まっすぐ目的地へ向かっているようだった。
スルーしようかと一瞬考え、やめた。
と言うのは、その怪人の向かっている先がトモキとサイタマの住まうマンションの方向なのだ。

サイタマがいるから大丈夫、という考えもあったが、いきなりマンションを壊すなどという強行に及ぶかもしれない。
そんな心配からトモキはその怪人を追うべく来た道を引き返したのだった。

カマキリ型の怪人は軽快なジャンプでトモキのマンションの屋上へと着地した。
その時点で、嫌な予感が当たった事を確信したトモキは左手に日本刀を出現させつつ、地面を蹴る。
怪人が屋上からその下層へと自慢の鎌と足の爪を振り上げ床を貫かんとした時、トモキは既にその怪人へ肉薄していた。

「人んち壊そうとすんな!」

バットでも振るかのように、トモキは抜き身の刀をその怪人へ叩き込んだ。
真っ二つに両断された怪人は体液を吹きながらベシャリとコンクリの床へ倒れ動かなくなる。
空へ吹き出た透明な体液が右手に持った刀へ吸われていくのを見遣り、鞘へとそれを仕舞いながらトモキは呟く。

「まだいるな」

鼻をスンと鳴らして、床を蹴って屋上から飛び降りる。
癖っ毛が風で逆立つのを感じながら自分の嗅覚が指し示した場所を見ると、マンションの前に二足歩行をするカエルとナメクジのようなものが並んで立っていた。
それらは怪人で、今しがた倒したカマキリのような怪人の仲間であることは十分考えられる。

空中で居合いの構えをとったトモキは抜刀した。
強烈な一閃が空を切り、二人の怪人の足元のコンクリが轟音と共に深々と抉れる。一瞬の出来事に、あと数センチそれがずれていたら自分等が真っ二つになっていたであろう事実に怪人達は立ち尽くしていた。

トン、と軽い音を立ててそこへトモキが着地した。ジトリとした視線を怪人へ向ける。

「お前らあのカマキリの仲間か?なんでウチ壊そうとすんだ?用あるなら玄関ノックしろ、常識だろが」
「おっお前がカマキュリーを殺ったのか!?」
「そうなりたくないなら、答えろ。何か目的でもあるのか?」

この二人の怪人を倒すことは簡単だったが、集団で襲ってくる怪人というのは見たことがなかったし、何か目的があるのではないかと勘繰った。
嗅覚はまだこの2匹以外にも怪人がいることを訴えていたし、全て相手にしていてはバイトの時間に間に合わないかもしれない。それにサイタマから借りた一張羅のスーツが汚れる危険性はなるべく回避したかった。
道路へ斬撃を飛ばしたのは音に気付いたサイタマがバトンタッチしてくれないかという期待もあった。

「早く答えろ。俺急いで……」

目の前の2匹だけでも片付けてしまおうかと刀の柄に手を掛けようとした時だった。
何かか足元を蠢き、迫るのを感じた。地を蹴って後方へ跳ぶ。

トモキのいた場所のコンクリが破れ、明らかに人間のものではない手が突き出された。
地面に何かいる。
どうやって手早く倒そうか。そんな事を考えるトモキの後ろでガチャリと扉の開く音がした。

「トモキ、なにしてんだ?バイト行くんだろ。ん、なんだアイツら」
「いや道中変な怪人達が俺んち向かってんの見えてさ…様子見てたら家壊そうとしたから止めた。ていうか一匹殺った。アイツらその仲間」
「マジか」

サイタマに言いつけてやったのでもう大丈夫だろう。
トモキの斬撃によって既におののいていた2匹の怪人は、サイタマとジェノスからの冷たい視線を受けてさらに縮み上がっていた。
ジェノスは殺気を滲ませ、機械仕掛けの腕からバチリと火花を散らせる。
ジェノスも殺る気満々らしい。頼もしい限りだ。

「先生、トモキさん。ここは俺が……」

しかし言い終える間もなく、二匹の怪人の上半身は道路にめり込んでいた。弟子の出番を早々に奪っていったのは勿論サイタマだ。
文字通りの瞬殺っぷりに苦笑したトモキだが、もう一匹の怪人の存在を思い出した。

「あ、サイタマ!地面にもなんかいるから…」

気を付けろ、と言葉を口にする前にサイタマの足元にピシリと亀裂が入った。
その亀裂の中心から伸びた手によってあっという間にサイタマは地面に引摺り込まれてしまう。

「先生!」
「サイタマ!」
「なんつーか、つくしになった気分だ」

頭だけが地面からにょっきり生えたような姿にさせられてもサイタマは全く動じていない。
地面に埋められたのも彼の気まぐれな戯れなのだろう。少し心配してしまったが大丈夫そうだ。

「じゃ、後は任せるからな!」

トモキがF市に向かって走り出し、ジェノスがつくしへと駆け寄ろうとした瞬間だった。
ドガン、と音が響いた。見れば、隣の建物がダンプカーにでも突っ込まれたかのように破壊され、土埃の舞う中で何かがのそりと姿を現した。
西洋甲冑を彷彿とさせるメタリックな防具を巨体に纏っていた。兜の奥で目が不気味に光る。

「高エネルギー反応アリ。オ前モサイボーグナノカ?」

ジェノスへ向けられた片言の台詞から察するに、サイボーグらしい。
新たな刺客の登場にトモキは焦る。このままでは約束の時間に合わないかもしれない。初日の遅刻は絶対に避けたい。

甲冑サイボーグはジェノスへと一気に距離を詰め、強烈な裏拳を繰り出した。
それをジェノスは事もなく受け止め、金属のぶつかり合う轟音が響く。
助太刀するべきかと足を止め、二人のサイボーグの様子を窺うトモキへジェノスが振り返る。

「トモキさん、ここは俺に任せて行ってください!俺はこいつに聞きたいことがある」
「おお、頼もしいな、サンキュー!」

お言葉に甘えて再び走り出したトモキだが、しかしそのままこの場を脱出することは叶わなかった。

「誰が逃げていいと言った?!」

そんな声と共にトモキへと何かが襲い掛かった。
トモキは鞘に納まった刀を盾のように使ってそれを防ぐが、トモキの後方にあった無人の一軒家は豆腐のように切り裂かれた。
凄まじいまでの威力をもった攻撃の正体は、鋭い爪だった。

「この獣王の爪を防ぐとは少しはやるようだな!だが歯向かう者は全て殺してやる!」

頭はライオンで立派な鬣が風にたなびくが、他の骨格は巨大な人間のようで二足で歩いていた。獣人という言葉がぴったりの怪人だった。
その巨体を構成する筋肉は伊達でないようで、ギリギリと凄まじい膂力でトモキの刀を折らんとしていた。
そんな獣王に対して、トモキはというと限界を迎えていた。
体力や力の限界ではなかった。堪忍袋の緒の限界だった。

「あーもう!!邪魔すんな!!!」

獣王の爪を押し返すようにして弾いた。怪人の巨体が僅かに後方へ傾いたその刹那、トモキは跳んだ。
怪人と擦れ違うようにその脇をすり抜け、それで勝負は終わりだった。トモキが地に足を着け、いつの間にか抜いていた刀を鞘へ納める音が響くのと、怪人の巨体が四方八方へズタズタに裂けたのは同時だった。

「あとよろしく!!」

吹き出した血はやはりトモキの刀へと血の川をつくるが、それを見向きもせずにトモキは一言残し今度こそ走り出した。


相変わらず地面に埋まり、土のひんやり感を楽しんでいたサイタマはそんなトモキの
背中を見てどこか嬉しげな顔をしたのだった。
泡を食って逃げ出そうとしたモグラ型の怪人を逃がすことはなかったが。




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