一斬侍 | ナノ
2

人気の全くない夕暮れ時の道路に、足音に合わせてガシャリガシャリと金属音が響く。
一定の間隔で小さく揺れる視界を、ジェノスは黙ったまま受け入れていた。


蚊の怪人との戦い。底力を見せた怪人に完全に破壊されかけていた所を救ってくれた通りすがりの男、サイタマ。彼の圧倒的な破壊力を目の当たりにして、彼の元で学ぼうと決心した。
壊れて動けないジェノスを見て大丈夫かと言う彼の心配を、師匠に迷惑はかけられないと撥ねつけて、博士の元へ帰ろうと一人躍起になって這うように移動していた。そんな時に現れたのがこの、トモキという男だった。
駆け寄ってくる黒目黒髪の青年を見て、一般人がゴーストタウンに迷い込んだのだと思っていた。追い返そうとするも男はバラバラになった手足を気味悪がるわけでもなく、それどころかジェノスを助けようとさえした。
地に散らばるパーツを拾おうとする男をジェノスは怒鳴ってしまった。余計な世話だと。


苛立っていた。ジェノスを一方的に大破寸前まで追いつめた怪人をただの平手打ちで倒してしまったサイタマに勿論感謝も驚きも尊敬も感じたが、気持ち悪く後を引いているのは自分の軽率さと無力さに対する嫌悪だった。
まさか負けることもないだろうと敵のデータ分析もせずに戦闘を始めてこの様か。生身の身体を捨て機械仕掛けにしても、あんな怪人一匹倒せないのか。
痛覚もない自分には無駄なことだと分かっていても、己を罰するように地を這っていたジェノスにとっては男の手助けなどさらに苛立ちを募らせるお節介でしかなかった。

感情の高ぶるままに怒鳴る最中、やめろと理性が叫ぶのを感じてはいた。
見ず知らずの他人に当たり散らすのがどれだけ子供地味た行為かは理解していた。サイボーグとはいえジェノスも実年齢は二十歳前の青年だ。
それでも口をついて出てくる言葉は刺々しく、何も悪くない通り過ぎの男に言うようなものではなかった。


「だから俺は…」


その続きを叫ぶのを止めたのは一つの接近反応だった。上空を超スピードでこちらへ近付く怪人という新たな脅威に頭が一気に冷めた。
移動もままならないこの状況で飛行能力のある巨大な怪鳥を相手に出来るのかと言えば、答えはNOだ。焼却砲を放とうにも壊れた身体では狙いも定まらない上に最悪の場合暴発する可能性もあった。逃げることも戦うこともできないならば…
体内エネルギーの中枢であるコアを爆発させ怪鳥を道ずれに、そんな考えも浮かんだが男を巻き込むことはできなかった。
逃げろと男に叫んだ。理不尽に当たってしまった申し訳なさと、一般人を守らなければという使命感。
完全に破壊され、ジェノスという人格すら死んでしまうことになったとしても、この男は何とか逃がしてやらなければ。
そう玉砕覚悟で焼却砲を天に向けたと言うのに…

コアからエネルギーを右腕へとチャージし、いざ放とうとした時には、その怪鳥の身体は2つに別れていた。
空に撒かれる赤の出所は胴体を両断した綺麗な切り口だった。降り注ぐ鮮血がアスファルトを激しく打つ。
突然の出来事に呆けるジェノスの目の前に誰かが降り立ち、スっとこちらに右手を突き出した。



「気持ちは分かんなくもないけどさ。差し伸べられた手をちゃんと掴むのも、強くなる方法だと思うぞ。」


左手に刀を携え静かにそう告げた男の顔はとても哀しげに見えた。







あまりの予想外で唐突な出来事に気圧されていたのかもしれない。一太刀で軽く敵を撃退してしまった男に、サイタマと似たようなものを感じたからかもしれない。
無意識にその手を掴んでいたジェノスは、現在その男に背負われ彼の歩に合わせ揺られている。男の名前はトモキというらしい。黒い鞘に収まった刀を横にして背に回し、機械仕掛けの重たいジェノスの身体を支え、その他のパーツの詰まったエコバックを引っさげて黙々と歩くトモキ。
最初にどこまで行けばいいのか問われた時に、Z市の東の外れまでとジェノスは答えた。そこまでで大丈夫なのかと言う彼に、帰るべき場所は秘密研究所で場所を特定されるのは避けたい。迎えが来るからそこまででいいと、そう理由を言えばトモキはそっかと頷いてそれ以上の詮索はしてこなかった。先程のジェノスの頑なな態度に何か事情があるのかと察した結果なのだろう。トモキがこちらに深入ってこない以上、ジェノスの方からトモキのことを詮索するのも憚られた。だから、あのでかい怪鳥を一瞬で両断した彼の力も、彼が何者なのかも気になる所ではあったが訊けないでいた。
目的地は近付いている。このままトモキと別れればもう会うこともないかもしれない。その前にどうしても聞いておきたい一つの質問を今までの沈黙を破ったジェノスは投げかけた。


「あの時、何故あんな顔をしていた」


ほんの一瞬だけトモキが動きを止めたのをジェノスは見逃さなかった。
あの時、ジェノスへと手を差し伸べたトモキの顔は、怪鳥を一斬りで倒した人物とは思えない程、どこか悲しそうで情けなかった。あれほどの力が有りながら彼は何を考えてあんな表情をしていたのか。
その答えは少しの間の後、自嘲気味な口調と共にトモキの口から吐き出された。


「伸ばしたこの手をな、刀で斬りつけてそのままどっか行っちまった奴がいてさ。…お前にはそうなって欲しくないんだよ」


後ろからではトモキがどんな顔をしているのかは窺えない。
聞いたのは自分のはずなのに、なんと返せばいいのか分からず黙ってしまった。そんな沈黙に耐えかねたのかトモキは明るい声を出した。


「まあとにかくさ、あんま1人で無茶すんなよって話!あ、もう着くぜ。この辺でいいのか?」
「ああ…」


トモキは丁寧にジェノスを地面に下ろすと、エコバックをその脇に置く。


「袋に入ってたままの方がいい?」

「いや、中身だけでいい。」

「そうか、よかった。これ俺の友達のでさ、一緒にスーパー行くつもりだったんだ。」


今日は野菜の特売日の上、トイレットペーパーがお一人様一つで3割引なんだと嬉しそうに言うトモキ。先程まで全く窺えなかった家庭的というか庶民的なトモキの一面にジェノスは少し驚いた。


「むなげやってスーパーなんだけどさ、土曜日の特売日は最高だぞ。レタスが丸々一個95円。」

「それは…すごいのか…?」

「超お買い得だぞ。最近野菜値上がりしてるからさ、この価格はなかなかお目にかかれないぞ。」

「…確かそのスーパーはポイントカードのシステムが優れていると聞いたが…」

「そうそう!よく知ってるじゃん!」


嬉々としてそのスーパーの魅力を語るトモキに対してちょっとした親しみのような物を抱き始めていた。もう二度とトモキと会わないというのは惜しいと思う程には。
一通り語って満足したのか、トモキは腕時計をちらりと見る。


「あ、もう5時前だ。そろそろ俺行かなきゃ。トイレットペーパー売り切れ早いと思うし。迎えってもう来る?」

「ああ、恐らく10分もしないだろうが…」

「うん?」

「今は6時過ぎだ。その時計壊れてるんじゃないか?」


面白い程に、トモキの表情が固まった。え?え?と腕時計とジェノスと夕暮れの空を見比べて震える声で「まじで?」と聞き返す。


「俺の体内時計は衛星から常時電波を受信しているから、間違いはない」

「ど…道理で空がなんか暗いと……」


本人にとってはかなり重大らしいミスにトモキは頭を抱えたが、次の瞬間には「ああ!」と叫んで顔を上げた。


「タイムセールが!!サイタマに怒られる!」

「は?おい、今…!」

「迎えすぐ来るんだよな!?大丈夫だよな!?ごめんな、俺ちょっと急がないと…!じゃあな、もう無茶すんなよ、ジェノス!」
早口でまくし立て、凄まじい勢いで走り出したトモキの姿はあっという間に見えなくなった。それを見送ったジェノスは小さく笑った。
トモキは確かに言っていた。サイタマ、と。そうなれば、友達というのは恐らくサイタマのことだろう。
サイタマがあのゴーストタウンに住んでいるように、トモキもそこに住んでいるのだとすれば彼がジェノスと出会ったのは偶然ではなかったと頷ける。そしてあんな強さを持っていることも納得がいく。


命の恩人であるサイタマと、サイタマの友人であり同じくジェノスを救った恩人であるトモキ。
二人の元で学べば、何かを掴めそうな気がした。強大な力だけでなく、人間として、正義活動を行う者として、大切な何かが。
その教えの一項目としてジェノスはトモキの言葉を胸に刻み込んだ。





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