一斬侍 | ナノ
1


午後4時半。
トモキは軽い足取りでまだ明るい日差しの射す街を駆ける。
その理由は至って単純だ。先程終わった高級そうなレストランのコックの面接、勿論結果はまだ出てはいないが、脈有りだったのだ。


「君ね、まあ色々訳ありみたいだけど、性格に問題はなさそうだし。何より強いしね。採用は上と相談しなきゃ分からないけど、大丈夫だよ多分。」


面接官のガタイのいいおっさんにそう言われた。最初は至って普通の面接だった。志望動機や自己アピール、働くに当たっての意気込み。それに一生懸命答えていた時、突然銃を持った覆面集団が店に乱入してきた。びっくりしつつもそれを怪我人一人出さずにあっと言う間に鎮圧したトモキに言い渡されたのが先程の仮合格だった。


飛び上がる程嬉しかったトモキは、ソニックに感謝しつつも、まずは早くサイタマに報告しなければとすぐに帰路についた。
しかし、いつもなら賑わっているここZ市の繁華街は今は誰一人として通行人はいなかった。
一人外を闊歩するトモキに屋内から注意してくれた人から聞いた話によれば、蚊の大量発生が原因らしい。血液を持つあらゆる生物に集団で襲いかかり血を吸い尽くしてしまうという恐ろしい生物災害だ。今日の3時頃に緊急速報が入り、メディアはZ市市民に絶対に外に出るなと忠告したという。
それから少しばかり時間が経ったが、どうなのだろう。F市からの帰路でそれらしいものは今の所見受けられない。


(もしかしたらサイタマがもう全部駆除しちゃったかもな)


ご機嫌に鼻歌混じりに歩くトモキはその考えを半分確信する。踏み入ったゴーストタウンの先では空きビルに何かが貫通したような穴がいくつも空いていたり、焦げ臭いがうっすらと立ち込めている。サイタマが蚊を撃退した跡だろうか。
派手にやったものだと、そのままマンションに向かおうとしたトモキが足を止める。誰かが倒れているのが視界の隅に入ったのだ。
はっとそちらを見たトモキは一瞬唖然とし、次の瞬間には必死で叫びながらその倒れている人物へと猛ダッシュをかましたのだった。


「うわあああお前!胴体千切れてるぞ!!?大丈夫か!!」

バラバラ死体、というのがそのまま当てはまるような無惨な人の形をした何かを見付けてしまったのだ。しかし、駆け寄ってみてトモキはあれ?と動きを止める。もげて胴体から離れてしまっている脚は人間らしい肉や皮膚のついたものではない。当たりに飛び散っているのは真っ赤な血ではなく、ボルトや金属繊維や破片だ。ならこの倒れているのは…


「ロボット…?」

「……サイボーグだ。」

「うお喋った…。」


サイボーグ、ということは身体が機械でできているということか。
もげた手足の先から伸びる配線や破壊され中身を曝している頭部、唯一無事である右腕を見ればそれも頷ける。ぱっと見は金髪の好青年という感じだ。かなりスプラッタな状態になってはいるが。
サイボーグの青年はどこかへ行くつもりだったのか、這うようにして移動した形跡が見られた。しかし腕一本で上体を支えてではろくに移動などできないだろう。


「サイボーグってよく分かんないけど、大丈夫か?痛くないの?」

「痛みはない。」


青年は瞳と白眼の色が反転した人工の目をトモキに向ける。右目は頭部からの裂傷によりそこにはないため、左目だけであるが。



「なぜこんな所に一般人がいる?この辺りは怪人の発生率が高く住人は皆逃げ出したと聞いた。怪人に遭う前に中心街へ行け。」


金髪サイボーグの忠告も最もではあるが、トモキは一応この辺りの住人なのだ。忠告通り街へ戻るわけにはいかないが、かと言って立ち入り禁止区域であるここの住人だと説明するのも憚られた。怒られそうで怖い。
それに何より、このダルマになりかけているサイボーグ。彼はどうするつもりなのだろう。


「お前は?」

「何がだ。」

「いや、だってそんな状態じゃまずいでしょ。お前こそ怪人に襲われたら危ないぞ。」

「…この程度…大したことはない。」

「いやいや大したことあるって。修理はできないけど運んでやるくらいできるからさ。どこ行きたいんだ?」

「おい、待て!俺は…」


何か言いかけるサイボーグの制止の声も聞かずに、トモキは辺りに散らばるサイボーグのパーツへと歩み寄る。左手が見当たらないが、後はこの辺りに一通り揃っている。
脚の切断面は綺麗なものだ。鋭利な何かで切り裂かれたようだった。怪人にやられたのだろうか。ならこのサイボーグを壊した怪人は…?まだこの辺りにいるんじゃないか?…いや。


そこは安定のサイタマだろう。そう結論付けてもげたその脚を拾い上げようとした時だった。


「やめろ!余計な世話だ!」


サイボーグの荒げた声にトモキは屈みかけた体勢のまま固まった。
右腕で地を押し返し切り裂かれた頭をもたげるサイボーグは左目でトモキを睨んでいた。

(お、怒られた…!なんか悪いことしちゃったんだろうか…。あ、汚い手で俺に触るな、みたいな…?)

当惑するトモキを睨み据えたままサイボーグは吐き捨てるように続ける。


「俺は強くならなければいけないんだ!こんなところで他人の力など借りてはいられない!」


改めて驚いてトモキはサイボーグをまじまじと見つめた。
サイボーグといえども表情筋がちゃんと存在するのか、その良くできた精巧な造顔が歪む。それはどこか苦しげで、必死で、思い詰めたような顔だった。
頑なな性格で他人の助けを良しとしない。誰かさんみたいだなとトモキは思う。


「強くなるのはいいけどさ、そんなんじゃすぐ死んじゃうよ。」

「黙れ…!お前には関係ない。」

「関係ないけどさ、お前強くならなきゃいけないんだろ?」

「そうだ、だから俺は……」


言いかけたサイボーグは突然その隻眼を見開いた。「高速接近反応」
何それと疑問符を頭に浮かべるトモキに鋭い声で言い放つ。


「逃げろ!怪人が近づいている!」

「え、いやお前は!?」

「長くは持たないだろうが、食い止める!お前は早く逃げろ!」


キッと真上を睨むサイボーグにつられてそちらを見上げれば、体長が十何メートルもあるような巨大な鳥らしき何かが耳を劈くような鳴き声を上げて急降下してくるところだった。鋭い嘴でこちらを串刺しにするつもりなのか、とんでもないスピードで空を切る音を響かせながら落ちてくる。

逃げろと言うサイボーグは迎え撃つつもりなのか、残った右手の手の平を光輝かせ鳥型怪人を見据えている。ビームでも出るんだろうかとちょっと期待するトモキだったが、あんなに身体が壊れてしまったサイボーグに無理はさせたくなかった。


「焼き鳥にするにはちょっと不味そう…」


ぼそりと溢したトモキは地を蹴った。



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