一斬侍 | ナノ
2


「すみませんお客様。只今大変店が混雑しておりまして相席のご協力をお願いしているのですが…」


女性店員の声にトモキがふと顔を上げる。採用を祈ってカツ丼なんてベタなことはしないぞと先程海鮮丼を注文した店員と同じである。
構いませんよ、と返事をすると店員は礼を言い忙しそうに歩き出す。
レジ前の待ち合い場にいる客を連れてくるのだろう。怖そうな人や変な人ではないことを祈りながら
手持ち無沙汰にメニュー表をぼんやり眺める。

「此方のお席にどうぞ」

店員が相席の相手を連れてきた。どんな人だろう、笑顔で会釈くらいしておかねばと顔を上げたトモキはそこで固まった。
そして相席を許可した事を一瞬後悔してしまった。
相席が嫌な訳ではない。平日とは言え混み合うこの時間帯にタイミング悪く4人席を占領してしまったのだ。相席は仕方ない。
だが、その相席希望だという客に問題があったのだ。


「なんだ貴様。人のことをジロジロと…」

「あ、いやなんでもないです。どうぞどうぞ」

「ご協力ありがとうございます。すぐにお冷お持ち致しますね。」


忙しそうに行ってしまった店員のお姉さんに聞きたい。

なんでファミレスに忍者がいるの?

トモキは向かいに座る相席の男から視線を外し再びメニュー表へとそれを落とす。しかし勿論意識はメニュー表などにはない。

(この人、絶対忍者だよな…?)

紫色の長い襟巻きに、ぴっしりした黒い服。目の下には三日月型の赤い模様。
彼の姿はどう見ても忍者だった。コスプレにしては出来過ぎている気がするし、先程からこの男がこちらに向けてきている物は殺気という奴だろう。
コスプレイヤーにここまでビシビシとした痛い気配は出せない。
どうやら、正真正銘の忍者のようだ。


トモキはその忍者をしげしげと観察したい衝動をどうにか抑え、一切視線を上げずに手元のメニュー表に集中した。否、集中している振りをした。
こういう輩は警戒心が強く、下手に目を合わせてしまうと反感を買う可能性が高い。…もう手遅れかもしれないが。

向かいに座る忍者男の視線と殺気でトモキは非常に居心地が悪い。先程不躾な視線を送ってしまったことですでに彼は少々腹を立てているようだ。
だって、仕方ないじゃないか。
トモキは胸の内で言い訳する。
誰だって忍者のような格好をした人間が突然現れたら思わず注目してしまうじゃないか。
しかもファミレスで、だ。その上忍者のクセに注文したのはサンドイッチ。
一切気にも止めずに食事を続けるママさん集団や、何事もないかのように仕事をする店員さんの方がおかしい。絶対おかしい。
それとも何か。この世界じゃ忍者って普通にいるものなのか。それはそれですごいが。
でもだからって無知な男にびしびし殺気を送り続けるのはいかがなものか。しかもこれ段々強くなっているんじゃ…


「貴様…何者だ?」


突然忍者男に尋ねられ、うえ?と間抜けた声を上げる。思わず顔を上げてその声の主を不本意ながら見つめてしまう。

目の前の忍者はよく見れば随分若く見えた。トモキよりも年下かもしれない。
その目の下の赤いのはペイントなのか刺青なのか…

「おい、聞いているのか?」

「あ、お、おう。何者って…ただの人間だけど…」

「嘘を吐くな。この俺の殺気に当てられて平然とできるただの人間がいるか」


端から聞けば中2病をこじらせたようなセリフではあるが、トモキはそれもそうかもしれないと内心頷いた。
忍者の言っていることは分かる。確かに先程からの忍者の殺気は修羅場慣れしていなければたまったものではないだろう。それをなんのリアクションもなく無視し続けたトモキはどうやら忍者に不審がられてしまったようだ。
トモキが殺気など物ともしないのは勿論慣れている上戦闘には自信があるからだ。前の世界では化物との戦いは日常茶飯事だったし、手合わせとなれば容赦なく殺気全開で潰しにくる鬼師匠との毎日の修行もあった。
だが勿論そんなことを初対面の忍者に弁解代わりに言うこともできず、

現在無職の元便利屋。

そうごまかして言いそうになって慌てて止める。相席になった見知らぬ忍者にそんな情けないことは言えなかった。
その上相手は年下。この物怖じしない態度や殺気からしてこの子は本物の忍者で。ということはこの子には忍者という立派な職がある。
それに比べ自分は…
トモキはそんなちょっとしたプライドに邪魔をされ、「転職を考えてる便利屋」とだけ答えていた。
…嘘は言ってない。嘘は。


「便利屋…?ふむ、なるほど」


納得してくれたらしい。便利屋と聞いて真っ先に修羅場慣れするような仕事内容を浮かべたであろうとこらへん、この忍者もやはり裏仕事を生業としているのだろう。


「あのー、失礼ながら聞くけど。君はやっぱ忍者…だよね?」

「なんだ見て分からんのか間抜けめ。俺はボディガードから暗殺まで請負う最強の忍者だ」


念の為聞いただけで間抜け呼ばわりとは…。しかも自分で最強とか言っちゃったぞこの子。
トモキは初対面の忍者のなかなかの生意気ぶりに若干閉口しつつも、忍者が実在することに感心した。ボディガードから暗殺までということはそっち関係の仕事を請負う何でも屋の忍者と言ったところだろうか。
でも真っ昼間のファミレスで暗殺などと言うのはよくない気がする。


「貴様はなかなかやるようだが、拠点はこの辺りじゃないのか?同業者にしては見ない顔だな」

「あ、ああ。便利屋の仕事は遠くでやってたんだけどさ。転職考えてるって言ったろ。今日はその面接で…」


ぎくりとしたトモキはぎこちなくそう答える。何か言いたげな忍者が口を開く前にウェイトレスのお姉さんがタイミングよく海鮮丼とサンドイッチを持ってきた。
お姉さんありがとうと心の中で手を合わせながらトモキは海鮮丼に集中する。
どうやら忍者も昼食に夢中なようで、それ以降お互いに会話を交わすことはなかった。
トモキは酢飯にいくらを器用に乗せ箸で掬いながら考える。

現在の時刻は12時半。面接は1時半からだから1時前くらいにファミレスを出ようと思っていたが、食べ終えたらすぐに退散しよう。
これ以上、この初対面の人間に殺気を送ってくるような忍者といるとなんだか良くない気がする。何かボロを出してしまった時に面倒だ。
ガン見してしまったこちらに多少非があったとしても彼が話しかけて来たのは主に暇潰しのためだろう。ここはさっさと別れるのが利口だ。忍者と知り合いになる機会を逃してしまうのはちょっと惜しい気もするが。
今後の方針を決めたトモキは急ピッチで海の幸を詰め込んだ。




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