一斬侍 | ナノ
2


ラッキーはスムースの白いチワワ。
いなくなったのはつい15分前。リードから抜け出した場所は公園から少し離れた住宅街。飼い主のユキちゃん曰く、いつもの散歩コースの公園周辺にいるはずだという。
ちなみに、ラッキーはメスで、赤いチェックのセーターを着ているらしい。


「あーサイタマ…。付き合わせてごめんよ…。先に帰っててもいいんだからな?」


そう言って隣を歩くトモキの顔は申し訳なさそうだ。俺は夜目が利くから見えているものの、日は完全に暮れてしまい辺りは闇に包まれていた。
街灯と道に立ち並ぶ家々から漏れる電気がなんとか辺りを光照らしている。


「なんだよ。俺が帰って一人で見つけられるのか?」

「…ちょっと無理かも。」

「だろ。だったらさっさと二人で見つけて帰ろうぜ。」


小さくありがとうと言うトモキに、気にすんなとだけ同じく小さく返しておく。ちらりと隣を見れば、あいつの面構えはやっぱり穏やかで。

結局あの後、迷子犬の飼い主の女の子、ユキちゃんをあの一言で泣き止ませたトモキはそのラッキーの特徴とを聞きだし、赤いリードを預かった。
辺りが暗くなり始めていたのでユキちゃんは二人で家まで送り届け、そこから迷子犬の捜索が始まった。かれこれ30分は探し歩いている。
ユキちゃんを送り届た後、すぐに先に帰っててくれと言ったトモキ。
大丈夫だなんて言ってしまったがどれだけ時間が掛かるか分からないから、サイタマを付き合わせる訳にはいかない、だと。
一度やると言ったら聞かない奴だ。この様子では深夜になっても探し続けるかもしれない。トモキの好きにさせて、俺はさっさと退散させてもらおうかとも思った。
でも、家に帰ってトモキが今頃腹空かせて犬探ししているのかなどと考えながら一人飯を食う気にはなれなかった。さすがにそこまで薄情じゃない。
悪いななんて言いながらひたむきに犬を探すトモキを見て、俺は昨日のニュースを思い出した。
なんとかライダーとかいう男が、迷子の猫を探し当て無事飼い主と再会させることができたという話だ。ニュースキャスターは彼を"さすが市民のためのヒーロー"だなんて絶賛していたっけ。


「こういうの、世間じゃヒーロー活動っていうらしいな。」


すんすんと鼻に意識を集中していたらしいトモキがこちらを見る。(トモキは鼻が利くのでリードから嗅ぎ取った匂いでラッキーを探している。)

ヒーローなんて一口に言っても、そんな物に定義は人によって違う。特に、俺の考えるヒーロー像と、世間一般が求める理想のヒーロー像は大きくかけ離れているだろう。
きっと、俺とトモキの考えるそれも違うだろう。
現にこうして迷い犬や迷い猫の捜索がヒーローとしての活動に値するのかと疑問に思っている俺は、やはり世間とズレているんだろうか。そしてトモキとも。


「ヒーロー?俺はそうは思わないけど。」


少し、驚いた。
些細なことでも俺をヒーローだと褒めるトモキのことだ。こいつもまた世間と同じく"他人の役に立つことを積極的にする人間"とヒーローを等式で成り立たせているクチかと思っていた。俺自身、気まぐれの良心にヒーローだからと理由をつけてはいるが、心の底では単なる親切を"さすがヒーロー"と褒められるのはなんだか違う気がしていた。(勿論それでトモキを軽蔑していた訳ではないし、むしろ世間になかなかヒーローと認めてもらえない俺にとってはトモキの素直な称賛は嬉しかったが。)
だが、どうやらそれは俺の思い違いらしい。


「ヒーローってのはさ。明らかな悪をドカンとやっつける強い奴のことじゃないの。こういうのはただのボランティアだと思うけど。」


またも驚く。俺の考えるヒーロー像とぴたり一致しているとは。
でもそれじゃ矛盾しないか。怪人退治でもない俺のちょっとした優しさをなんだかんだで"ヒーロー"だとお前は言うだろ。
そう問えば、きょとんとした顔で首を傾げて


「だってそれはサイタマがヒーローだからじゃん。」


ますます意味が分からない。
そんな俺の顔を見たトモキは、だからさぁと俺に向き直る。


「サイタマはワンパンで悪を倒せる程強い力を持ちながら、ちょっとした庶民的な優しさも持ってる理想のヒーローってこと。」

「…俺、優しさなんて持ってるか…?」


自分ではそんなつもりは全くない。正直に言ってしまえば俺は昔から優しいねなどと言われるような人間じゃなかった。人の感情の機微が分からないというか、空気が読めないというか、社会と合性が悪いというか、とにかくどこか周りから浮いていて。
そのせいで学生時代もろくに友達もいなく、将来生きて行けるのか不安だった。
そんな駄目人間が趣味で始めたヒーロー活動も、動機は人の役に立ちたいとか弱者を守りたいとかそんな立派なことではない。
小さい頃になりたかったからという単純な理由だ。正義という大義名分の元、悪を打ち負かすことは無気力な俺に興奮と快感を与えてくれ、その結果今も趣味でヒーローを続けているようなものだ。
そんな自己満足で正義活動を行っているような俺が果たして優しさなんて持っているのか。


「うん。だって俺はサイタマに救われてるぞ。」

「あ?」

「なんだかんだで今だってラッキー探しに付き合ってくれてるじゃん。けっこう心強いんだぜ?」

「…んなもん、ただの気まぐれに近いし…。」

「やってる本人が気まぐれでも自己満でもさ、それで実際俺は救われてるからいいんだよ。案外世間で言う"ヒーロー"ってのもそういうもんかもしれないし。だからサイタマは俺の中では立派なヒーローなの。」

「…そうかよ。」

「あ。俺もラッキー探しは自己満だけど、これでラッキーとユキちゃんが喜んでくれるんだったら、サイタマの言う通りこれもヒーロー活動って言えるかもなー。」

「…はは。そうだな。」


屈託なく笑ってみせるトモキにつられて俺も自然と口角が上がる。
自己満でも、誰かが救われるならヒーローか…。
ヒーローの定義について、俺はあまり深くは考えないようにしてきたし、深く考えたくはなかった。そんなことを考えたら自分と世間の求める理想のヒーローとの乖離っぷりに溜息が出そうになるし、そんなことに疑問を持ったら負けだと思っていた。
だからそんな風に言ってくれるトモキに俺は救われているのだ、例え本人にその気がなくても。
あれ、ってことは俺にとってトモキは…



「お!来た来た、匂いが近いぞ。」

「まじか。どっちだ?」

「えっと、向こうの方だけど…。暗くて見えねぇ。懐中電灯借りればよかったな…。」


トモキの指差す方をじっと見つめる。薄暗い路地裏にポリバケツが2、3個放置してある。その脇にちらりと赤いチェックの模様を捉えた俺は「いた!」と叫んで駆け出した。


「捕まえたぞ。こいつに間違いねぇな。」


プルプル震えている白いチワワを抱き上げる俺にトモキが「よく視えるな。」と驚いていたので「ヒーローだからな。」とにやりと笑う。
俺としてはお前の犬みたいな鼻の良さの方が驚きだ。そう返せば今度はトモキがにやりと笑う。


「ヒーローの頼れる相棒だからな。このくらい当然。」

「相棒て…。関係あんのか、それ。」

「へへー、たぶんなー。じゃ、早くユキちゃんちまでラッキー連れていこうぜ。」


前を歩くトモキは楽しそうだ。俺の事を友達だの相棒だのと称す奴はあいつくらいだ。
そのことが俺をどれほど救ってるか、あいつは全然分かってないだろう。そして俺も言ってはやらない。俺はお前程馬鹿正直じゃないから。


「…お前の方こそ俺にとってはヒーローかもな。」

「え?なんか言った?」

「なんでもねぇよ。ラッキーが早く帰りたいっつってるぞ。」


小さくぼそりと呟いた言葉を聞いたのは、胸に抱えるラッキーだけだ。



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