一斬侍 | ナノ
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「今日もなかなかの激戦だったな…!」

「おう。それでこそ戦場ってもんだ。」


トモキと並んで歩く帰り道。
今の会話だけなら強い怪人との死闘の後のように聞こえるかもしれない…が実際は死闘は死闘でもスーパーで繰り広げられる血気盛んな主婦達を相手にした品物争奪戦だ。
ハイエナの如くお買い得品に群がる主婦達を押しのけ、目当ての品を掠め取り、混み合う前にレジへと駆け付ける。これが俺の…最近は俺達の、火曜日の日課だ。

戦利品の入ったビニール袋をぶら下げ自宅へと歩く頃には日は真っ赤に染まり西の地平線へと沈み始める。この時間帯になると居住区ではいい匂いが漂い始める。

今日の夕飯は何にするつもりだろう。豆腐が安かったから麻婆豆腐とか?
料理担当の隣人へと尋ねれば、豆腐ハンバーグとの答えが返ってくる。
そうだな。肉は土曜のタイムセールの時くらいしか買えないから代用品で凌ぐのはいい考えだ。
前に食べたことがあるが、トモキの豆腐ハンバーグは本当に旨い。いや、トモキの料理は全てうまいがその中でも特に。 厨房勤めとは聞いていたが、もっと訊けばその厨房とはアメリカの有名日本料理店の物らしい。和テイストな料理は得意中の得意という訳だ。
俺が食べ物のことについて思考を巡らせていた時、トモキがふとその足を止めた。


「サイタマ。なあ、あの子…。」


トモキの視線の先を見れば、公園の真ん中で今にも泣きそうな顔をした女の子が立っていた。きょろきょろと何かを探すように、辺りを当てもなく歩いている。
迷子か?
俺がそう言おうとした時にはトモキは隣にはいなかった。女の子のそばへと近付くと、屈んで彼女と視線を合わせてどうしたのかと問うていた。おいおいいつの間に。
トモキ達の方へと歩いていくと、こちらを見上げたトモキと目が合った。


「ラッキーがどっか行っちゃったんだって。」

「は?ラッキー?えーと、運がなくなったって意味か?」

「いや、チワワのこと。」


チワワ。ということは犬か。
そういえばこの女の子の右手には赤いリードが握られている。勿論そこにチワワ、ラッキーは繋がれていない。
散歩の最中、リードが緩んで抜け出してしまったラッキーはそのまま逢魔ヶ時の街へと逃走と言ったところだろうか。
…で、どうするつもりだろうかトモキの奴は。まさか今からその犬を探すだなんて…
ちらりとトモキを見ると、トモキは何も言わず女の子の手から赤いリードをやんわりと取り上げてなにやら眉根を寄せている。
ここは取りあえず女の子を家に返して、迷子犬のポスターでも作って地道に探してもらうしか…。

その時、女の子がひくりと嗚咽を漏らした。
あ、これはやばいんじゃ…。
そう考える間もなく、女の子はうわんうわん泣き出した。これには俺も焦って、慌てて宥めに入る。大丈夫だから泣くなと言ってみても、女の子は泣き止む気配がない。
道行く人々が女の子の泣き声に何事かと視線を向け始める。
ちょっとまてこの絵面はまずくないか。まるで俺達が泣かしたみたいな…。下手したら通報されかねないんじゃ…。
どうしたものかとトモキに視線を送る。誘拐犯かなにかと間違えられて警察の世話になるのは勘弁だ。
一方のトモキは俺の方を見向きもせずに、女の子に向き合いこう告げた。
「大丈夫!ラッキーは俺達が必ず見つけるから。」


安心させるように女の子の両肩を優しく叩いたトモキ。どうやら奴にとって犬探しを買って出ることは俺に相談することもなく決定事項だったらしい。
な?っと同意を求められ、俺はこう答えるしかなかった。


「おうよ、任せとけ。迷子犬探しなんざ朝飯前だ。」


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