一斬侍 | ナノ
2


「…で、穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士サイタマが地底人の大ボスを倒したと」

「いや、ボス戦前に目覚ましが…」

「なるほど」


ごちそうさまと小さく手を合わせたトモキが空いた茶碗を持って席を立つ。
今朝の朝ごはんは卵かけごはんと大根と油揚げの味噌汁と焼魚。卵の殻と魚の骨のみ残る皿をシンクへと移動させながらトモキがちらっとサイタマを見る。
魚の骨を突っつきながらはぁと溜息を吐く彼はすごく残念そうだった。

午前7時10分。
鍵など掛けられていない玄関ドアを開けてサイタマ宅へとお邪魔したところ、いつもなら顔でも洗っているはずのサイタマが布団の上でぼんやりしていた。その側には粉々になった目覚まし時計。
どうしたんだと声をかけると、ややあった後になんだよ夢かよと落ち込み始めたのだ。

おいしい物をすんでの所で食べれなかったりしたのだろうかと思いつつトモキは朝ごはんの支度をし始めたが、その間もやはりサイタマは気の抜けたような顔で窓から隣の空き地をなにやら眺めていた。
かと思えば急に狭いキッチンへと入ってきて、おたまで味噌を溶かすトモキの頭を意味もなくボスボス叩いてきたり。
そんなにおいしそうな物を食べ損ねたのだろうか。なんだろう。カニとか高級牛肉とか?
食事の時間になってもやっぱり気分の上がらないサイタマにトモキが夢の内容を聞いた所、先程の話を聞かされたのだ。

なんというか…どこかで聞いたことのあるような展開とセリフだ。
いや、そもそも近しい者の死によって主人公が覚醒なんて少年漫画ではベタベタな展開だが。

なんだっけと考えていたトモキだが、机を台布巾で拭いている最中それを思い出す。


「それさ、ドラゴンボールじゃん。クリリンのことかーー!だろ!」

「今考えると俺もそう思う…」

「俺がクリリンポジションかよ。しかもクリリン以上にフルボッコだし。勝手に人を夢で殺すなよ全く」

「あー悪い。でも夢だから仕方ねぇだろ。なんでもアリだし」

「にしたってさー、そんな地底人ごときに俺が殺されるわけないだろ?」


心外だとばかりにそう溢すトモキ。
机に突っ伏したままだったサイタマがその言葉に顔を上げ、トモキをじっと見つめる。
その視線に気付いたトモキが「なんだよ。」とサイタマを軽く睨む。
夢だったとしても、サイタマの中にトモキが敵に殺されるなんて発想があったことに少し腹が立った。
サイタマほどは強くないし、自分より強い敵がいることは分かっているが、トモキも男だ。今まで数々の修羅場を乗り越え、色んな肩書きの強大な敵を倒してきたというプライドくらいある。
むくれるトモキのに、プッと噴き出したサイタマが「だよな。」と笑う。

どうやら少しブルーな気分が晴れたらしい。
よくわからないが、機嫌直ったならいいか。
そう思ったトモキだが、ふとある考えが浮かんで、机拭きの手を止める。今度はトモキがまじまじとサイタマの顔を見つめ、そして噴き出した。

俺がクリリンだなんて言ったけど…サイタマなんて額に点6つかいたらクリリンの完成じゃねーか。
それにスーパーサイヤ人になったって髪の毛ないから金髪か分かんないし、光輝くのは髪じゃなくてそのハゲ頭……

彼の髪一本生えていないつるっつるの頭とその額に2×3に並んだ点やら頭皮を金色に光らせてかめはめ波を放つ姿やらを想像し、思わずトモキは口元を覆って顔をぶんと背ける。
「なんだよ。」と眉間に皺を寄せるサイタマに「なんでもない。」と返すも、その目は完全に笑っている。


「おい。なんかお前失礼なこと考えてるだろ。言ってみろ」

「そ、そんなことないって…」

「嘘つけ。今にも噴き出しそうな顔しやがって!言えコラ!」


台布巾を持ってキッチンへと逃げようとするトモキの足を一瞬でサイタマが捕まえる。
案の定ビタンと顔を床に打ち付けたトモキがその手を振り払って再び立ち上がる前に、すかさずサイタマがうつ伏せたトモキの背中にどっかと跨る。
まさかと思ったトモキが慌てて全力の抵抗を試みるも、時すでに遅し。床とトモキの腕の間にサイタマの両膝が滑り込み、ぐっと胸を逸らされる。やっぱりかよこの野郎とトモキが思った時にはサイタマの組んだ両手がトモキの顎に掛かり、ものすごい力で後ろへとぐいぐい引っぱられる。


「ギブギブギブ!!!」


キャメルクラッチ。通称ラクダ固め。
うつ伏せにダウンした相手へ背骨折りを固める技だ。
つい先日のことをだった。夕食の最中、見ていたプロレスのタッグ戦。そこで使われていたのがまさにこのラクダ固めだった。
そもそもがかなりエグイ技だが、タッグ戦だったので顎を引っ張ているその間にガラ空きの腹へパートナーがローキックをぶち込むという悲惨なことになっていた。
へープロレスって面白いのななんてそれを見ていたサイタマだったが、まさかこんなことになるとは。テレビで見ただけですんなりと極めてみせるサイタマはやっぱりすごいが感心している場合ではなかった。
ローキックを放ってくる奴がいないからまだマシという問題でもない。技をかけているのがサイタマだというのが問題なのだ。
サイタマのような馬鹿力の持ち主がそんな技をかけたら普通の人間なら骨どころかもれなく身体全体が折れるだろう。ぐしゃっと。


「ギブ!折れるから背骨!!いだいいだい!」

「え、マジ?効いてんの?そんなに力入れてないけど」
「効いてる!十分効いてる!!放せ死ぬ!」

「そうか。じゃ、言え」


逆さまに見えるサイタマが楽しそうなのは気のせいだと思いたい。
ちくしょう。本当に背骨折れたらどうしてくれるんだ。今度レッグロックかけて仕返ししてやる。いや、返されて逆にこっちが極められそうだな…。
いろいろ思うところはあったものの、限界だったのでとりあえず「言うから放して!」と懇願する。
腕と顎が自由になり、痛みから解放されたトモキがぜーぜーと息をする。しかし背中からは降りてくれないサイタマは、「で?」と容赦なく先を促した。
上半身をひねってサイタマの方を見て抗議する。


「いや、降りろよ重い」

「なんで?」

「だって言ったらまた技極めるだろサイタマ!」

「へー。言ったら俺が怒るようなこと考えてたのか、そーかなるほど」


しまった。なんかまずいことを言ってしまった。じと目でこちらを見下ろすサイタマの冷たい視線に、冷や汗が出てきた。
やばいぞ。このままじゃラクダ固めじゃ済まないかもしれない。


「か、考えるくらいいいじゃん!思想の自由はヒーローと言えども侵せないぞ!!」

「うっせ!フリーザ戦前に神龍に地球に強制送還された悟空の気持ちを考えろ!欲求不満なんだよ!」

「知るか!そんな不満は俺じゃなくてその辺の怪人にでもぶつけろよ!」

「アホ言うな!サイバイマンごときに超サイヤ人の相手が務まるか!」

「お前に敵う奴なんて最終進化した魔人ブウくらいだろ!俺じゃ無理だ他所を当たれ!」

「だーうるせえ!早く言え!そして俺に技をかけさせろ!」

「ただの奴当たりじゃねえかふざけんな!!」


焦ったトモキが必死に弁解を試みるも、火の付いたサイタマは止まりそうもない。
固め技一通りの実験台になることを半ば覚悟した時だった。


「ふはははは!地上は我々地底人がいただいた!」


言い争っていた二人がはたと動きを止める。声の方を見遣り、それから顔を見合わせる。
そろりとトモキが窓から様子を窺う中、サイタマは光の速さでヒーロースーツに着替える。
サイタマの着替えの速度に若干引きつつも、トモキが窓から見える空き地をくいと指指して笑いかける。
「よかったな、サイタマ。フリーザ様本当に来てくれたぞ。いってらっしゃい」

「何言ってんだお前も来るんだよ」

「え。まじで?」

「なんだよびびってんのか?」

「んなわけないだろ!俺が夢のようにはいかないってことを見せてやんよ」

「おーその意気その意気」


腕まくりをしてふんと鼻息を吐くトモキの頭をサイタマが機嫌良さそうに軽く叩く。
ガラリとベランダのサッシ窓を開け放つと、もっとはっきりとした声で「我は地底王!」などと叫ぶのが聞こえる。
もしサイタマの夢通りならば、敵はなかなかの強敵ということだ。せっかくの予知夢のようなものなのだから用心するに越したことはない。
伸ばした左手に愛刀を喚び寄せたトモキがベランダへと踏み出し、いつになくやる気満々なヒーローの隣りへ並ぶ。


「さあやろうか!クリリン!」

「せめてピッコロで頼むよ悟空さん」


ボコボコと地底人が沸き始めている空き地へと、一方的な殲滅をするべく二人の男が降り立った。


……キャメルクラッチで背骨を折られた上腹に強烈な蹴りで全身を砕かれた地底王を見てその息子達が白旗を上げて帰っていったのは言うまでもない。



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