一斬侍 | ナノ
2


「あ。」


ぶん殴った巨人がそのままB市へと倒れ落ちようとするのを見てサイタマは声を上げた。
しまった。完全にB市の存在を忘れていた。恐らくB市はその巨体に押し潰されて崩壊。
せっかくやってきたトモキだが、完全に無駄足になってしまうだろう。やべぇ。トモキの奴怒るだろうな…。

遥か上空でマントをなびかせながら、荒野に置いてきたトモキを見遣るがその姿はどこにもなかった。
どこいったあいつ。
そう思った瞬間、ザンと何かが真っ二つに切れる小気味良い音が響いた。

上半身と下半身。腰の辺りで二つに別れた巨人の身体。恐ろしく滑らかな斬り口からワンテンポ遅れて血が噴き出す。
その血液が、重力に従って地に落ちることはなかった。どす黒い血は川のように空中で流れを作り、ある一点に向かって行った。


「トモキ…。」


彼の持つ刀だ。橙色のオーラで全体を包まれた奇妙な刀。大量の血液がその刀身へと流れ込むと、それに応えるかのようにそのオーラが力強く増幅した。

あいつが斬ったのか。

トモキが身を翻し、空中でさらに加速する。
分裂した巨人の上半身の真下へと空を蹴るように移動したトモキはくるりと反転し


「俺のバイト先を潰すんじゃねぇ!!!」


巨人の半身がボールだったとしたらオーバーヘッドキック。
サッカーボールさながらに飛んで行くそれは真っ直ぐに荒野、それも先程巨人が殴り開けた大穴へと吸い込まれていった。
巨人の重量と重力とトモキの蹴りの威力。それらが合わさり、爆音を発し、凄まじいまでに地面が揺れた。


「おー、ナイスゴール。」


大揺れにもふらりともしないでそう呟いたサイタマがトモキを見上げる。
巨人の半身へと蹴りを放つ前、トモキの両手足が淡く光輝いたのをサイタマの目は見逃さなかった。
放たれたオレンジ色の光は次の瞬間、銀色の硬質な物へと形を変えた。まるで獣の手足を模したような異質なオーラを放つ籠手。


あれは何だったんだ?


それを手足に纏ったトモキの放った蹴りの威力は今の通りだ。
空中での仕事を終えたらしいトモキが風を切って、巨人の脅威から免れたB市のビル街の一角へと落ちていく。
重量に従って黒髪をなびかせるトモキと視線がかち合う。
その黒い双眸には、巨人の脅威から街を救ったという達成感もなければ、あの巨体を気持ちの良いくらいに蹴り飛ばしたという爽快感もなかった。
あるのはただ、不満とサイタマを咎めるような視線だけ。
こんなものか…。そんな言葉が聞こえたようで、サイタマは思わず拳を握り締めた。


ダンと地を蹴って、サイタマはビル群の残骸を後にする。荒野を一気に置き去り、避難が終了していたらしい無人の街を駆け抜けた。
密集したビルの壁にたまに亀裂を生じさせながら、トモキの立つビルの屋上へと真っ直ぐ向かう。
常人は勿論、歴戦の戦士ですら目に捉えることが出来ないようなサイタマのスピード。
どうやったらそんなに早く走れんだよ。そんなことを言いながら、サイタマの動きを目で追っていたトモキ。
サイタマの口元が無意識に緩む。


この気持ちは、胸の底がむず痒いくらいにゆっくりと湧き上がるこの高揚感は…
不思議そうな顔をしてこちらを見遣るトモキ。サイタマとて人のことを言えた物ではないが、誰が彼の底力を見抜けるだろう。
人の良い平凡そうな青年が刀で巨人を一刀両断し、サイタマの動きも易く目で捉えてしまうなど。
知り合って一週間、全くその片鱗を見せなかった隣人の新たな姿。
もしかしてこいつも…




「トモキ!お前…」


そう言いかけたサイタマの言葉は、何かとんでもない重量を持った物が何かを破壊する音に遮られた。
思いの外、間近で響いたその音に二人が音源を振り返る。
そして理解した。


「「あ」」


巨人の上半身は今頃地中奥深くにあるだろう。
しかし、残りの下半身は…
斬られた勢いで一度はB市とは反対側に傾いた巨体だったが、トモキが上半身を蹴り飛ばしサイタマが荒野を駆ける間、その片割れはゆっくりと再びB市へと傾き…


「あとの半分…忘れてた……」


半分を失ってもなお圧倒的な重量と体積を誇るその巨人の身体がB市の半分を押し潰していた。
文字通り、半壊。
トモキががっくりと膝をつく。左手から零れた刀がカランと音を立てる。


「うわあ…ごめんB市…。そして俺のバイト先…」


頭を垂れてしょげ返るトモキに、サイタマは先程言いかけた言葉を飲み込んだ。代わりに励ますようにポンとトモキの肩を叩く。


「気にすんなって。お前がいなきゃ全部潰れてたんだから」

「そうだけど…」

「やっちまったもんはしょうがねーよ。避難終わってたっぽいから死傷者もいないぜ、多分」


曖昧な返事をしながらトモキが顔を上げる。手摺り越しに巨人の半身とそれが覆い被さる崩壊したビル群を見つめ、大きく溜息をついた。
吐き切った空気の代わりに、新たな空気を吸い込むとぐっと勢いづけて立ち上がる。


「そうだな…。巨人の進撃を阻止できただけマシだと思うか」

「だろ。それより腹減ったからうどん食いに行こうぜ」


白いマントを翻してビルの屋上からサイタマが飛び降りる。刀を拾い上げたトモキがそれに続いた。
無人の街を闊歩しながら、サイタマは並んで歩くトモキをちらりと見遣る。欠伸をする彼の手元に目を落とせば、例の日本刀が先程までの光を潜めていた。
手品のようにいつの間にやら持っていたその刀に、一時姿を見せて再び消えた銀色の籠手。
どうやったのかは分からない。超能力の類だろうか。有名なジャンプの漫画の登場人物達の能力を彷彿とさせるトモキの不可解な力は、刺激のない満たされない日々を過ごすサイタマを惹きつけた。
巨人を蹴り飛ばしたのだってフルパワーには見えなかった。トモキはどれくらいの力を隠しているのか。


「サイタマなんか機嫌いい?」

「まあな。そういえば、さっきの何?お前念能力者だったりすんの。具現化系の」

「ハンタじゃねーんだから。でも念みたいなもんなのかなー…」

「へー、強いんだなトモキ」

「おれなんてまだまだだし、サイタマに言われてもな…。つかなんで嬉しそうなの?」

「あ?別に普通だろ」


トモキが念能力者だろうが超能力者だろうが、なんでも構わない。その正体、その心情を今すぐ知れなくてもいい。トモキの中に自分と同じような匂いを嗅ぎ取れただけで十分だった。
彼について知る時間ならいくらでもある。なにせお隣りさんなのだから。


「やっぱなんか嬉しそうだな…。良さ気な育毛剤の広告でも見つけた?」


失礼な隣人の頭をとりあえず強めにごつりと殴っておいた。




back

prev next


back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -