砂隠れ | ナノ




ものすごい忍の一族でもなければ、アカデミーでは忍術も筆記も下から数えたほうが早い方だった。自他共に認める鈍臭さは里でもプチ有名人。おまけに背も低い。下忍になって早1年、14歳になった私に中忍試験たるものを受けないかと担当上忍に言われた。いや、死にますよ?わたし。


「去年受けただけだろ?何事も経験だって!」
「死を経験したら終わりですよ、先生。」
「俺は受けるぞ!今年こそ中忍になるんだ!」
「まぁゲンちゃんは受かりそうだけどさ…」
「ニンは前の試験で中忍になっちまったからあと1人、メンバーが必要だが、2人なら大丈夫だろ!多分!」
「わたし、本当に受けるんですか…?」
「前の試験はダメだったけど今回はわかんねぇよ?**」
「……」


うつむくわたしにゲンちゃんがバシッと背中を叩いた。ニカッと太陽のように笑うゲンちゃんはわたしにはひどく眩しかった。

結局、空気を読んだ結果受けますとだけ答えて今日は解散。ため息が漏れるのは致し方ないと思う。


「ただいまー…」


声が返ってくることはない。お父さんはは数年前の4代目風影様が暗殺された時に、お母さんは現風影様が誘拐された時に運悪く巻き添いをくらい死んだ。別に風影様を恨んでいるわけではないけど、なんだか好きじゃない。
だから風影様就任の祭典も仮病を使って休んでやった。いつも帽子を目深く被っている風影様の顔は見たことがない。かっこいいらしいけど。


「…中忍試験、かぁ…」


2ヶ月後、木の葉で行われる中忍試験。正直受けたくない。実力がないのもそうだけど、別にわたしは上の地位につきたいだなんて思わない。死にたくないもん。
かといってわたしが辞退すればゲンちゃんも先生もショックを受ける。嫌だなぁ、なんて思いつつ仕方がないと割り切る。

わたしの世界は仕方がないとやるっきゃないと頑張らない、の三つでできている。


「…修行しよ、」


ドジでのろまなわたしに修行しないという選択肢はない。冷蔵庫から魚肉ソーセージを取り出してひとかぶりした。この味、ちょっと飽きたなぁ。

家を出る前、隣の家ではクラッカーがなって、ハッピバースデーの歌が歌われていたのが耳に入った。




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「水遁、水鉄砲!」


バシャッと辺り一面水に濡れる。とは言いつつも水の量も少なければ空気も乾燥しているためすぐに乾いてしまうのが風の国。なんでこの国でわたしは水の性質を持ってるんだばかやろう。仲間がほとんどいないよ!

ぴゅうぴゅうと冷たい風が吹く。やっぱ夜に術の修行はするもんじゃない。諦めて体術の修行にうつるか…。

ただひたすら走って登って的にクナイを当てる。意味があるのかなんてわかんない。目的がわからないまま今日も喉が枯れるまで走り続ける。そのおかげでドジだけど体力だけはバカみたいにある。

葉っぱがほっぺに当たって切れた。うわ、これやだな、地味に痛いやつ。ガサガサと音を立てながら木をつたう。着いた先はやたらと高所にあるいつもの公園。
ふぅ、と一息だけついた。急に止まったからバクバクする心臓。変に高揚感みたいなのがあって、この瞬間はなんか好き。太い枝に座って空を仰げば満天の星。ひとは死んだら星になる、なんて言葉をバカみたいに信じて、今日も空に話しかける。この時、誰かが聞いてたなんて思いもしなかった。


「お母さん、お父さん、わたし中忍試験に出るんだって。ゲンちゃんはやる気満々だったよ。先生も頑張れってさ。ニンちゃんは受かったからあと1人、知らない子が仲間になるんだって。」


今日の出来事を思い出しながら言葉をつなげる。他人事のように喋ってしまうのはクセらしい。


「何年前か忘れちゃったけど中忍試験の日だったよね、お父さんが死んじゃったの。四代目の暗殺に巻き込まれたんだっけ。一般人のお父さんがどうやって巻き込まれたのかは謎だけど、そのドジはわたしがしっかり受け継いじゃってるよ。」


月も沈んで、わたしを照らすのは星しかない。風の国らしからぬ心地よい風が吹く。風の音と葉っぱが揺すられる音だけしか音がなくて、今日はなぜかしみじみとした気分。


「どうして死んじゃったの?わたしに試練でも与えてくれたの?全然いらないけどね。お母さんだって、爆発に巻き込まれる前に逃げてよ。お母さんはお父さんと違って忍だったじゃん。五代目なんてほっといて逃げればよかったのに。」


初めて口にした言葉。きっと言ったらいけない言葉。それでも口にしてしまった理由は、昨日の誕生日に誰からもお祝いされなかったから。ゲンちゃんと先生は今日おめでとうって言ってくれたけどね。(日付間違えてたみたい)


「わたし、昨日14歳になったんだよ。でも昨日は誰からもおめでとうって言われなかったよ。今日は隣の家の子も誕生日だったんだけどね、その子の家ではクラッカーがなって、ハッピバースデートゥーユーって歌が聞こえてきたんだ。…わたしは、生まれてきたのがおめでたくなかったのかな」


今思えば、わたしは誰からも愛してるって言葉を言われたことがない。お父さんとお母さんは行動に表してたし、愛してくれてたんだと思うけど、言われたことはなかった。


「お母さんとお父さんにお願いがあります。ただ一言でいいので、愛してるとわたしに言ってはくれないでしょうか。」


その瞬間、訪れたのは、浮遊感。

何があったの、と勢いよく自分の体を見たら、ザラザラしたなにかが体に巻き付いてた。これは…砂!?敵襲か!?

なんとか抜け出そうと砂を掴んでみたけどビクともしない。木の上から地面に降ろされた時に頭のどこかで、あぁ、死ぬんだ。と感じた。
……ただで死んでたまるか!!


「雷遁・雷獣追牙!」


バチッと光った雷獣が砂を噛む。お母さんに教えてもらった唯一使える雷遁。まぁチャクラも少ないしそれはそれはヘナチョコだから拘束を完全に解くことはできない。でも少しだけ緩めることならできる。


「っおりゃ!」


ほんの十数秒だけ姿を現した雷獣がしゅんと消えた。でもわたしの拘束は解けた。戦う?ばか言え。逃げるが勝ち。
そう思って駆け出した瞬間、足を取られて転けてしまう。あぁ、本当に無理かもしれない。


「〜っだれ!?」
「…落ち着け」
「おちついてられるかっ…!」
「…はぁ…」


ため息つかれた!なんだよこいつ!木の裏から出てきたのは赤い髪のそこまで大きくない男。顔は見えなかったけど、なんか変なのを担いでいるのは見えた。


「何者だ!」
「…旅の者だ」
「…旅…?どこかの里の忍ですか?」
「…あぁ」


旅にしてはやけに軽装備だなぁ。あと砂隠れの里に入ってしまっているけど大丈夫なのだろうか。少し心配。


「…わたしをどうするつもりですか」
「別にどうもしない」


しないんかい!と突っ込みたくなるのを抑えて、まじまじと目の前の人を見る。顔はやっぱ見えにくいけどそことなく溢れるイケメン+エリート感。


「上忍の方ですか?」
「……そうだ」
「どうしてここにいるんですか?」
「其方が、……いや、なんでもない」
「名前は、なんというのですか?」
「秘密だ」
「そうですか。…わたしは、**です」
「**か、いい名前だな。」


そんなことを言われたのは初めてだった。お世辞かもしれないのに、ひどく嬉しかった。
尻もちをついていたわたしに手を差し伸べてくれる上忍さん。なんとなく大丈夫だと思ったから、ありがとうございますと素直に手を取った。近くで顔を見たら、隈がすごかったしなんかおでこに愛って文字が書かれてたけど色白のイケメンだった。年も若そうだ。


「どうして旅をしているんですか?」
「…自分探し、と言ったところか」
「自分は見つかりそうですか?」
「まぁ、見つかりそうだな」
「それは良かったです」
「其方はここで何を?」
「まぁ、修行のようなものです」
「そうか、精が出るな」
「もはや日課のようなものです」


ベンチに並んで座った。なんか変な気分。でも嫌じゃなかった。上忍さんはあまり喋らないけど、口下手ではなかった。


「これ、瓢箪ですよね?」
「あぁ。この中に砂が入っている」
「砂…砂を使うんですね。どこの里から来たんですか?」
「内緒、だ」
「そうですか」
「其方は、雷遁を使うのか?」
「いえ、基本水遁です。雷遁はお母さんからあの術だけ習いました」
「砂隠れの里なのに水遁とは少し珍しいな」
「ひぃおばあちゃんが霧隠れ出身みたいなんです」
「そうか」


この人の間合いは落ち着く。遠すぎず、近すぎず、穏やかで、もっと話したいとさえ思えてしまう。


「さっき、何を一人で言っていたんだ?」
「…内緒です、…と言いたいところですが、聞いてましたよね、最初から」
「気づいていたのか?」
「あ、本当にそうなんだ。すいません、カマかけました」
「……」


怒られるかな、と思ったけど、上忍さんはクスッと笑った。良かった、怒ってない。


「…風影が、嫌いか?」
「…嫌い、ではないです、けど…」


見捨ててしまえばよかったのに、さえ言ったのだ。嫌いだと思われても仕方がない。でも顔を見て喋ったことがない人を嫌うわけにもいかず。


「嫌いにならないように、会わないようにしています」
「顔を見たことがないんだな」
「風影様はいつも帽子を目深く被ってますし、任務なら側近の人から承りますから」


風影様は美形だと聞いていますが、と付け加えたら「そんなことはない」と言われた。会ったことあるんですね、まぁ他の里でも上忍ならありえるのか。


「昔、と言っても10年位前のことだが、俺は化け物だと言われていた」
「え、どうしてですか?」
「他の人にはない力を持っていたんだ。今はないがな。」
「他の人にはない、力…」
「俺が一歩出歩けば、人が遠ざかった。喋りかけたら化け物だと言われ、石を投げられた。誰も信用しなくなった。父は俺の異質な力のみを見ていた。母は俺を産んで死んだ。誕生日は、ある日までは側近のものが祝ってくれた。」
「……」
「しかし、側近の者を俺は殺してしまった」
「…!?」
「本格的に化け物になってしまったんだ。それ以降、何年も誕生日など祝われなかった。」


自業自得だけどな、と笑う上忍さん。深い闇のある人だった。こんなたいそうな話を私が聞いていいのかはわからなかったけど。


「…寂し、かったですか?」
「あぁ。こんな俺でも、誰かからの愛に飢えていた。おめでとうと言って欲しかったんだろう、あの時は。」
「愛に、飢えて…」


ぽん、と頭を撫でられた。びっくりして上忍さんの顔を見た。すごく穏やかで、優しい顔だった。そんな表情に、心臓が穏やかじゃなくなって、俯いた。

…この人、わたしと一緒だ…。


「安心したまえ、其方は、愛されていた」
「…はい、」


不安だったわけじゃない。愛されてたって、ちゃんと思ってた。でも、誰かからの口で聞かなきゃ、不安だった。


「それと、遅くなってしまったが、誕生日おめでとう、と言っておこうか。君が生まれてきたことにはきっと意味がある。」
「意味なんて、…」
「わからなければ、これから見つければいい」
「どうすれば、見つかりますか、」
「強くなるために、もがき続けろ」
「つよ、く?」
「強くなれば、多くのことを経験することができる。多くの人に出会う機会が増える。そうすれば、答えは見つかる。」
「…上忍さんは、産まれてきた意味を見つけましたか?」
「あぁ。そのために、俺は生きている。」


スクッと上忍さんが立った。その瞬間、誰かが瞬身で現れた。びっくりして跳ね上がってしまった。この人、たしか、カンクロウ様…?


「我愛羅、石隠れの里のことで緊急で話があるみたいじゃん」
「そうか、すぐに行く」
「……我愛羅…?」
「ん?たしかアンタは月乃上忍の班の…?」
「我愛羅って、……風影様!?!?」
「**」
「っ数々のご無礼をお許しください、風影様だと知らずわたし…」


まだ頭の中はパニックだけど、急いで跪いた。旅人だって言ったじゃんか!そこまで風影様が好きじゃない発言だってしちゃったよ!むしろ勝手に死ねばいいのにみたいな発言してたよね私!!


「お前は、忍に向いている」
「…へ?」
「いい忍になるだろう。俺のところまで這い上がって来い、**」
「っわたし、アカデミーでも下の方で、…それにドジだし…」
「先ほどの雷遁、見事だったぞ」
「!!」
「生きる意味を見つけるために、俺のところまで上り詰めてみろ。」
「〜〜っはい!!」


ふ、と笑ったこの人に心臓が大きな音を立てた。あぁ、この人の下で、隣で、…生きたい。生きる意味を見つけるためだけじゃ、足りない。

優しく撫でられた頭の感触は、当分取れなさそうだった。







夢見た少女は駆け出した
(あいつが上忍になるだけでも驚いたのになぁ)
(ほんとだよ。それが砂の雷神だなんて言われるだなんてな)
(それだけじゃなくて、まさか風影様と…)


(結婚するだなんてなぁ)


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夢見る少女じゃいられない