創設期 短編 | ナノ




「兄さん、今日も帰らないつもり?」
「…放っておけ」
「**に子供ができたんだろう?側にいてやらなくてもいいのか?」
「…他人事に首を突っ込むな」
「マダラ、今日も俺ん家ぞ?」
「…あぁ」


はぁ、と三人のデカいため息が心にぶっ刺さる。
嫁の**の腹ん中に赤ん坊がいる宣言されて早1週間。受け止めきれない俺は**に会えていなかった。


「**ちゃん不安だろうなぁ〜」
「3ヶ月だろう?今一番つわりがひどい時期だな」
「…そうなのか?」
「そんなことも知らないで家に帰らないんだね、兄さん」


グサグサと棘のある言葉がまっすぐ心臓を抉る。わかっている。だが、戦争であんなにも人を殺してきた俺が、父親なんぞになるなど本当にいいのかと、そう思ってしまう。
不安で仕方がないのだ。いつか我が子を手にかけるのではないか、そんな根拠もない不安がずっと心の中を支配していた。


「…**は、強いやつだ、」
「何が?体が?心が?何を見てそう判断したの?」


一般人だが、芯の通った性格に惚れた。考えは絶対に曲げず、どんな局面でもそれを貫き通す強さがあいつにはあった。
だから、俺が帰らなくとも、大丈夫だと思っていた。


「妊娠中の母親はそれはそれはデリケートだとミトが言っておったぞ」
「…あいつが弱音を吐いたことなんて見たことないだろ」
「兄さんって、本当にどうしようもない馬鹿だよね」
「馬鹿とはなんだ」


**が強いことなんて、俺が一番よく知ってる。だから大丈夫だ。俺なんかがたった1週間帰ってこなくとも、きっと家ではヘラヘラ笑っているんだろう。
俺が半年間のかなり危険な任務に行く前でも、決まって笑顔で送り出していたようなやつだ。**は、強い、だから、大丈夫だ。

そう自分に言い聞かせながら、今日も今日とて帰れそうにない精神状態をなんとかしようと一つ息を吐いた。明日は、どこに泊まろうか。

バンッ!!

そんなことを考えていたら、ノックもなしに勢いよく開いた扉。全員がその方向に視線を向ければ、そこには赤い髪のうずまきミトがいた。


「…うちはマダラ」


どぎついほどの低温な声。
まっすぐ向けられた鋭い視線に思わず「…はい、」と答えてしまった。

ズカズカと俺の目の前にやってきた赤い女は、ぐっと俺の胸ぐらを掴み上げた。待て、どこにそんな力があるんだ。


「大切に出来ないなら、**と別れてください」
「…お前まで、その話か、」


いい加減うんざりだ。そう思ってその手を掴んで払いのけた。こっちも同じことばかり言われてムカムカしていた。
しかし別れろまで言ってきたやつはさすがに初めてだったが。

部外者が立ち入るな。そう言おうと口を開いたら、目の前の女の方が先に口を開いた。


「**が、倒れました」
「部外者が、………は?」
「今木の葉病院で治療を受けています。が、このままでは母子ともに危険だと。」
「どういう事だ、!!」


思わず掴み掛かりそうになったのを柱間が止めてくれたが、それどころではない。**が、倒れた?母子ともに危険?
スラスラと落とされた言葉がうまく自分の中で処理できない。


「家で倒れていたところを宅配の人が見つけてくれたそうです。」
「**は無事なのか!?」
「ここ1週間、ほとんど何も食べれていない栄養状態であると。」
「それは、つわりもあって、」
「母になる女がそれだけで食べれなくなるわけないでしょう」


夫に妊娠を拒否されたとか、そんな理由なんじゃないですかね。
迷いなくそう言われ、思い当たる節が多すぎるせいで何も答えられなかった。



「マダラ、…今いい?」
「ん?どうした?」


珍しく、弱々しい声で話しかけてきた**。普段は強い口調だったから、何かあったのかと少し心配してしまう。
筆を動かしていた手を止め、**に向き合った。

俺と目があった**は、びく、と一瞬鷹を震わせ、不安そうな顔をしたが、それもほんのわずかな時間で、小さく息を吐いた**はいつもの強気な表情で口を開いた。


「今日病院に行った」
「どうかしたのか?」
「うん。妊娠してるってさ」
「妊娠…、?」


言葉が受け止めきれず、聞き返した。そしたら、何事もないように、「そ。妊娠。」と陽気な声で答えた**。


「っ、…本当、なのか、?」


喜びよりも先に出てきたのは、不安だった。俺なんかに父親が務まるのか、と。多くの者を殺めてきた俺に、こいつとの子を育てることができるのか、と。


「そ、そうか…」
「…産んでもいい?」
「あ、…あぁ、」


酷い表情だっただろう。しかしそう答えた俺を見て**は満足したのか、もう寝る、そう言って自室に向かって行った。

シンとする部屋の中、受け止めきれない哀れな俺がただ1人、混乱していた。本当に、いいのか、と。



あの時の情景が蘇る。あの時、俺はどんな顔で、どんな答えを言っていた?**の表情は?それ以来一度も帰っていないから、何もわからない。

少しくらいは不安になるだろうとは思っていたが、それでも自分勝手な己の気持ちには敵わなかった。

拒絶は、していない。言葉では。でも行動はどうだった?生返事をした次の日から、帰ってこないとなると、拒絶と捉えられるにはあまりに容易過ぎた。


「**が強いとでも思ってたんですか?あなたの目は節穴ですか?飾りですか?もしかして、長期任務前でも笑顔であなたを見送る**を見てそんなことを思ってたんですか?」
「それは、だな、…」
「**が、あなたが帰ってくるまで毎日、火影邸に足を運んであなたの安否を聞いて、そのまま神社で祈っていたことなんて、知らないからそんなこと言えるんでしょうね。」
「…なに、?」


本当か、?という視線で柱間を見つめたら、うむ、と力強く頷かれた。あの**が、そんなことをしていたなんて。
他にも、たくさんの俺の知らなかった**を言ううずまきミトに、ついていけない俺の思考。
強いと思っていたのは、俺の目の前だけだったのかもしれない。本当は、弱いのに強がって、俺に心配かけさせまいと必死だったのかもしれない。


「…出産に男性の出る幕なんてありゃしません。ですが、母親は、たった1人では我が子と自分を支えきれません。今、あなたにできることはなんですか。うちはマダラ。」
「っ、すまん柱間、任務は、」
「早く行ってくるぞ、友よ」
「〜〜っ、わりぃ、!」


今更だと笑うだろうか。もう一度だけ、ちゃんと面と向かって話がしたい。お前が許してくれるまで、謝るから。もう一度、チャンスをくれないだろうか。
そう祈りながら、病院へと急いだ。


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親愛なる旦那様は、超大馬鹿者。