創設期 短編 | ナノ




「イズナっ!」
「**、遅くなってごめん、待った?」
「ううん、全然。今来たところよ」


最近出会ったばかりの2人。たまたま池に足をつけて涼んでいた**に、イズナが声をかけたのが始まり。
穏やかな声に優しい性格、たまに見せるいたずらっ子のような笑顔のイズナに**は密かに想いを寄せていた。それはイズナも同じだった。

戦乱の中、姓を隠してこんなに穏やかに過ごせる時間は2人でいる時以外ほぼなかった。


「その時兄さんがね、猫に向かってキレちゃってさ。このニャーめ!って叫びながら猫を追いかけ回してさ、もうおかしくて笑っちゃった」
「ふっ、あはは!イズナのお兄さんは面白いね!」
「酔ってたとは言え大の大人が猫のことをニャーって呼ぶんだよ?本当に面白かったよ」
「一度イズナのお兄さんに会ってみたいなぁ〜。きっとイズナとは正反対の性格なんでしょうね」
「この戦争が落ち着いたら、ゆっくりうちに遊びにくる?きっと歓迎してくれるよ」
「本当?行きたい!じゃあイズナも私の家に招待するね!」


戦争が落ち着いたら、なんて何年後になるかわからない。それでも2人はいつか家にお互いが来るのを夢見た。


「あ〜あ、早く戦争終わらないかなぁ〜」
「…うちはと千手、どっちが勝つんだろうね」
「うーん……お互いが手を組むってのはありえない?」
「えぇ?そんなことないんじゃない?」
「従兄弟のお兄ちゃんがね、言ってたの。いつか、平和な世界を作るんだって!」


「ステキでしょ?」そう言いながら空を仰ぐ**が可愛くて、愛しくて、今にも抱きしめたくなるイズナ。
しかし心の何処かにあるジレンマがそれを邪魔する。


「**の従兄弟って忍なの?」
「うん、すごく強いんだ〜。ちょっとバカだけど、約束破ったことないし、素敵な人だよ」
「俺とどっちの方が強いかな?」
「イズナの強さわからないからなぁ〜」


**はどこの一族なのか。忍でもない**にこれといって一族の特徴はない。でもなんとなく、第六感でイズナは**の一族を知ってはいけないのでは、と思った。


「あ!イズナ!見て!姫金魚草!」
「え?」


唐突に走り出した**。生い茂る木々の下でしゃがみ込み、何かを一心に見つめていた。イズナがその後を追う様に側によれば、**の足元には可愛らしいピンクの花が。


「これは?」
「姫金魚草って言うの。今の時期に咲いてるんだよ」
「可愛らしい花だね」
「うん、花言葉は、………」


途端に黙り出す**。どうしたの?とイズナがしゃがみ込みその顔を除けば、少し顔を赤くした**がそっとその花を摘んでいた。


「**…?」
「これ、イズナにあげる」
「え?どう言うこと?」
「そのまんまの意味っ」
「なんだよー」


内緒、と笑顔で言う**にドキッとするイズナ。その表情があまりに綺麗で、嬉しそうで、少し照れくさそうで。

照れを隠す様に池に戻ろうとする**の腕を反射的に掴んだ。
驚いた様子でイズナを見る**。


「イズナ…?」
「**、」


喉元まで、言葉が出かける。しかし口から出た言葉は思っていた言葉とは違った。


「葉っぱ、ついてる」
「えっ、うそっ」
「取ってあげる」


そう言いながら腕を引っ張るイズナ。体勢を崩した**がイズナに倒れこむ様に突っ込んだ。
突然の密着にひたすら顔を赤くする**。

**が近寄った衝撃で、フワリと男にはない甘い匂いが鼻をくすぐった。


「……」
「い、ズナ…」


**はイズナに抱きしめられた様な感覚に陥る。しかしそれは一瞬で、途端にイズナが離れていった。


「…ん、取れたよ」
「あ、あありがと…」
「今日はもう帰ろっか。日も落ちてきたし」
「そ、だね…帰ろっか」


ドキドキとうるさい心臓がイズナに聞こえてしまうのではないか、そう思うと気が気でない**。しかしイズナも、平然を装ってみるも心の中では動揺していた。


(思わずだきしめちゃった……背、低かったんだなぁ)
(初めて、あんなに近づいた……意外に筋肉あったんだ、)


ドキドキと鳴り止まない心臓を抑えながら、イズナは姫金魚草を片手に空を仰いだ。


(やっぱり、好きだ)


without saying i love you
(花金魚草、花言葉は、『この恋に気づいて』、か…)
(**、また出かけていたのか)
(え?あ、ちょっと池まで、)
(誰とあってるんだ)
(……扉間にはなーいしょっ)




彼の名を言ってはダメ、そう直感した


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沈黙のリナリア