創設期 短編 | ナノ




「もう、赤ちゃんと一緒に、死にたいんです、」


病室のドアを開ける直前に聞こえた言葉。酷く弱った声だった。あの**からは、想像もできないような、か細い声。
そしてそのセリフの引き金は、間違いなく俺自身。


「旦那さんに、その話は…?」
「…して、ないです、」
「そうですか…。一度、話されてみてはいかがです、?」
「あの人に、こんな、弱いところ、見せたく、なくて……」
「**さん……」


愚かな自分をこれほどまでに呪ったことはない。**が今までどんな思いだったか、きっと俺なんかじゃ想像もできないほど苦しんでいたんだろう。

そう思って無意識に扉を開けた。白い部屋の中、看護師と**だけの空間。ポタポタと**が点滴につながれてるのをみて、これが現実だと思い知らされる。


「マダラさん、ですね、」
「え…っ、!?」
「…あぁ」


悪いが、席を外してくれないか。そう言う前に席を立った看護師を見て、ハナからそのつもりだったんだろう。変わらない一定の表情を見て、さすがは看護師だと感嘆した。


「**」
「っ、まだら、」


怯えた目で見つめる瞳。全部全部、俺のせいだった。
ゆっくりと**に近づく。来ないで、そう拒絶しながら、隠れるように布団をかぶった**。仕方ない反応だった。


「なんでここにいるの、今日任務でしょ、なんで、」
「…俺が今日任務だって、知ってたのか?」
「〜〜っ、ちが、そうじゃなくて、」


一言も言ってないのに、あれから家に帰ろうともしなかったのに、なんで、**が知っているのか。もうそれがわからないでは済まなかった。


「**、」
「っやだ、来ないで、!」
「…顔が見たい、**」
「やだ、私は、いや、」


カタカタと震える手はひどく細かった。1週間前よりも、か細かった。


「すまなかった」
「っ、」
「触れても、いいか、?」


なんの拒絶もなかったから、そっと、**に手を伸ばす。壊してしまいそうで怖い。情けなく震える手で、布団を掴む震える手に触れた。


「…情けねぇだろ、…お前に触れることも、怖くてしかたがない」
「なん、で、」
「さぁな。だが、触れたらお前を潰しちまうのではないか、なんて思うんだ」


震える手では、こいつの手は掴みにくかった。力を入れすぎたら、壊してしまいそうになる。
親指で、銀色のリングをなぞった。


「わたし、産んじゃ、だめ、?」
「そんなわけねぇだろ」


お前との子が、欲しい。

やっと言えた言葉。随分時間がかかってしまった。こんなになるまで、1人で、苦しんで、悩んで、不安になっていた**を思うと心臓がキリキリと痛む。


「…俺なんかが、父親になれるのか、不安だったんだ。…本当にどうしようもないだろ」
「っ、マダラ、」
「お前に触れている今も、怖いんだ」


スル、と優しく、壊れ物を扱うよりも丁寧に、指に唇を這わせた。冷たく細い指がピクリと動く。2人とも震えているはずなのに、あまり震えが伝わらず少しおかしくなった。


「自分勝手ですまない……、俺との子を、産んでほしい」
「マダラ…っ、いいの、?」
「当たり前だ。…こんなになるまで、気づいてやれなくて、すまない…」


**、愛している。

照れ臭くて、言わなかった言葉。ゆっくりと布団を捲り、久しぶりにその顔を見た。目からは静かに涙が溢れ、こめかみを伝っていっていた。

震える手で、その涙を掬う。瞬きをするたびに溢れる涙は止まりそうにない。


「マダラ、」
「**…」


ベッドサイドに手をついて、顔を近づけた。わずかに上がった頭を支え、その唇にキスをする。
唇が離れた瞬間、ハ、と息を吸った。濡れた瞳と視線が絡み合う。


「子を宿してくれて、ありがとう、**」
「マダラ、」
「もう一度、チャンスをくれないか」
「…ばか、これで最後だよ、」


もう一度、音もなく唇を引っ付けた。片方の手は、ゆるりとお腹に這わせて。




ディア・アンスキルフル・ダーリン
親になるって、難しい。それでも、あなたとなら、この愛しい子を、守っていける、そう思うから。


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親愛なる旦那様は、超絶不器用。