幸福片道切符 | ナノ




土曜日



現在の時刻は9:50。既に待ち合わせ場所の木の下に到着。メイクもバッチリ、服のシワもなし。持ち物はお財布(もちろん小銭も完璧)とハンカチ、ティッシュ、コスメポーチ、絆創膏、スケジュール帳、チョコレート。

よし!抜かりなし!今日は楽しもう!





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午前十一時。あと一時間で風影様は到着。本日八回目の自分チェックを終え、よし、と意気込んでいたときだった。耳通りのいい声が聞こえた。


「…おい、」
「はい……っ!かっ、かかかか風影様ッ!!」


なんとそこには風影様が。いつものきちっとした髪型でなく、ふわふわとラフな感じで。確か、昔の風影様はこんなヘアスタイルだった気がする。

いつもとは違う。すごくカッコよかった。


「待たせたか?」
「いま、来たところです、」
「そうか」


どうしよう、ドキドキする。なんでかわからないけど、緊張だけじゃない。なんでだろう、顔が熱い。


「…?俺に何かついてるか?」
「っいえ、すすすいませんじろじろと…!」
「そうか?」


さっきからどもりっぱなしだ。ふぅ、と息を吐いて心を落ち着かせた。

それにしても約束の一時間前だと言うのに、風影様は来てくださった。時間を間違えた?と思ってしまうほどに。ステキな人だなぁ…。


「まさか、本当にいるとは思わなかった。」
「え?」
「兄弟に、早く行けと急かされてな。君がきっと待っているからだろう、と言われたのだ」
「〜〜っ、」


まさか、私の考えがテマリ様やカンクロウ様に筒抜けだなんて。しかもそのせいで風影様を急かしてしまうだなんて。


「もっ、申し訳ありません…!風影様を急かしてしまうだなんて…!」
「楽しみに、してくれていたのか?」
「っ、」


風影様は、よくわからない。いつも風影様の目は、いろんな感情を持っている。
今もそう。期待と、不安と、焦ったさと、後ろめたさと。いろんな感情が、ごちゃ混ぜになっている。私にはそう見えた。


「とても、楽しみです」
「…俺も、楽しみだ」


ふわりと笑う風影様。胸がぎゅっと締められ、ふわふわと暖かい。今の私の感情が、よくわからない。でもなんだろう、心地いい。




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やはり風影様は、よくわからない。


「あの、ここは…」
「姉の、オススメの場所で、俺も一度来たことがあるんだ」
「テマリ様の…」


里の中にある、こぢんまりとした『サンド』と言うお店。知らなければ通り過ぎてしまうようなそこは、テマリ様の行きつけだそうで。


「いらっしゃいませ、我愛羅様」
「あぁ」
「お席まで案内いたします」


店内にはまばらな人に、落ち着いた音楽。風影様が選んでくださるお店というから、もっと厳格な、息もできないほどの高級料理店だと気を張っていたが、ここはとても落ち着くことができる空間だった。


「ステキなお店…」
「彼が、この店を切り盛りしている。料理もとてもうまい」
「ほほほ、あの風影様にそう言われるだなんて、ジジイも嬉しい限りです」


店の端っこの席に案内される。椅子を引こうとしたら、なんと風影様が椅子を引いてくださって。恐れ多いと固まっていたら、またあの笑みを浮かべられ、私はおとなしく座った。
風影様の紳士っぷりには舌を巻く。


「何か食べたいものはあるか?」
「えぇ、と…その…」
「実はコース料理を頼んでいるのだが、どうだ?」
「はっ、はい!」


目の前に風影様がいる。それだけで私はおかしくなってしまいそうだった。じっと私を見つめる視線がなんだか苦しい。


「そんなに緊張しないでくれ」
「ふぁいっ」
「…大丈夫か?」
「っ、そのっ、」
「……」


口の中がパサパサで声が出ない。やっぱりこんな一般市民にいきなり風影様とのお食事はレベルが高かったのか。


「ふとんがふっとんだ」
「……へ?」
「ねこがねころんだ」
「…あ、あの…」
「我愛羅の行く店はいつも『があら』ーん(ガラーン)」
「んぶっ、!!」
「カンクロウのお『カン、苦労』して、」
「ちょっ、まっ、ひいっ、待ってくださ、っ、はははっ、!」


口元とお腹を抑え、プルプルと震える体。大真面目な顔で親父ギャグを言うもんだから、私の腹筋はもれなく崩壊した。


「ふっふふっ、ックク、んふっ、ヒィッ、」
「…落ち着いたか?」
「ご、強引すぎっ、でっ、ふふッ、」


ひときしり笑い、涙をぬぐっていたら、風影様も笑っていた。


「笑顔のほうが、似合っている」
「っ、」


もう、ほんとうに、この方は私をかき乱しすぎだ。




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「…こんなにうまそうに食べる奴は初めて見た」
「っすいません、だらしなくて…」
「いや、いい。見ていて飽きない」


シフォンケーキを一度口に運ぶと、笑顔が溶けるような顔。全身でおいしいと言っているようで、とてもおかしく、それでいて見てて飽きない。


「〜〜っ、ふふ」
「俺のも食べるか?」
「えっ、そそそそんな滅相も無いです!」
「遠慮しなくていい」
「っですが、はぐっ、!」


これ以上言っても言い訳ばかりになりそうだったため、彼女の口に俺のを無理やり突っ込んだ。驚いた顔だったが、次第に観念したかのようにもぐもぐと咀嚼を始めた。

腑に落ちないような目をしているが、口元は僅かに緩んでいる。小動物に餌を与えた気分だった。


「んぐっ、おいしい、です」
「そうか」
「ありがとうございました、」


幸せそうに笑った。花が舞うようだった。そんな表情から目が離せず、じ、と見つめてしまっていた。


「風影様?」
「っ、どうした?」
「いえ、…その、とても美味しかったです」
「見ていてわかる」
「う、…お恥ずかしい限りです…」


透き通る彼女の声で、自分の名前を呼んでほしい。そんな衝動に駆られる。


「俺の、名前を知っているか?」
「?もちろんですが…」
「言ってみてくれ」
「我愛羅、様…」
「様はいらない」
「えぇっ!?」
「呼んでくれないか?」
「まっ、むりですっ、そんなっ!」
「なぜだ?」
「っ、風影様は、里の長でっ、私はただの、」
「今は関係ない」
「しかし、」
「どうしても、ダメか?」
「い、や〜、その…」


私にとって風影様を呼び捨てにするだなんて、神様に向かって神!と呼ぶようなもの。できる?いやいやいやいや。


「俺は、お前と対等な立場でいたい」
「そんな、私などおこがましいです…」
「なぜだ?」
「だって、…風影様は里の長で、忍界大戦でもご活躍されたすごい人で…それに比べて私は忍術なんて到底使えない普通の教師ですから、」


生きる世界が違う。一般な生活を送るのにも必死な私に、世界を動かした人と対等になどなれるわけがない。


「…俺は、お前を尊敬している」
「…え?」
「まずはその仕事の速さだな。俺が見てきた中で、一番仕事ができる」
「あ、の…え?」
「それから度胸も目を見張るものだ。初対面でありながら、俺から逃げなかった。きっと恐怖を感じた時などの感情の整理がうまいんだろうな」
「ちょ、え?風影様…?」
「それから、人に好かれることだ」
「!」
「アカデミーは、純粋無垢な子供だけじゃない。代々続く一族の末裔などはとくに難しい性格をしている。しかし俺は、お前が子供に跳ね除けられているところを見たことがない」
「それは、きっと私でなくても…」
「お前には、人に好かれる才能がある」
「っ、」
「その才能を持つやつを、1人知っている。うずまきナルトだ。お前には、俺が最も尊敬するやつと同じ才能を持っている。」
「せっ、世界を救った英雄ですよ!?私なんかが同じだなんて、」


さも当然のように言うから、私の頭は絶賛混乱中だ。あの英雄と同じ?そんな馬鹿な。あり得るわけがない。


「そもそも、どうして対等を望むのですか?対等でなくても、」
「お前が、好きだからだ」
「………え、?」


空気が固まったような、そんな感じ。私はただ、彼の目を見つめていた。


「一目惚れ、らしい。情けないことに、姉から言われて初めて気づいた。」
「………」
「お前のことを知りたいと思うと同時に、対等になりたいんだ」
「〜〜っ、」
「俺じゃ、ダメか?」
「っま、えっ、言ってることの意味が、」
「好きだ」


まっすぐ私を突き刺す視線。私は、これに向き合うすべを知らなかった。だから、逃げるしかなかった。




「考える、時間をください…」






結局此処にいる土曜日



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