幸福片道切符 | ナノ




金曜日



「はぁ…」
「**先生、今日はお疲れのようですが大丈夫ですか?」
「えっ、だっ、だだだいじょぶですっ!!」
「あまり無理をしないでくださいね」
「す、すいません…ありがとうございます、」


昨日、風影様からプライベートのお誘いを受けたものの、私の心はどんよりと曇っていた。いつもなら午前中に終わるはずの書類整理も、もうお昼を5分過ぎているというのにも関わらず、1/3程度しか終わっていない。今日はこのままお昼抜きかな…。

あの風影様と食事だなんて、緊張で心臓がはちきれそうだ。ちゃんと食べれるかな…。


「……はぁ……」


朝からため息ばかりで同僚にも心配され、今日の私は一体なにをやっているんだか。


「よっ」
「っうわぁ!」
「っはは、声デカすぎ」
「〜〜っヒイラギ先生!びっくりするじゃないですか!」


ポンっといきなり背後から肩を叩かれ、完全に無防備だった私は肩をビクつかせた。あまりに大きい反応だったから、職員室の先生達からクスクスと笑い声が聞こえる。


「っもう、いきなり肩を叩くのはやめてくださいって言ってるじゃないですか!」
「**、飯行くぞー、俺の奢りだ」
「ダメです、私まだ仕事が全然終わってなくて、」
「よーし行くぞ〜」
「ってちょっと!引っ張らないでくださいぃぃーっ!」




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「はぁ!?飯に誘われた!?あの風かんぶっ」
「ちょ、声大き過ぎです!!」


ヒイラギ先生に無理やり引っ張って連れてこられたのはいつもの定食屋さん。料理を待っている間に昨日あった出来事をヒイラギ先生に喋って見たら、案の定びっくりして大声で叫ぶもんだから慌てて口を押さえた。


「なんで?なんか接点とかあったか?」
「その…月曜日に、お茶を出した時にヘマして…」
「あぁ、校長から聞いた。それだけか?」
「あと、その次の日、生徒達の忍術の修行を見てもらってたの、言いましたよね?そのとき、少しお喋りを…」
「で、昨日のことがあったと。」
「はい…」
「うわ、お前すげぇよ」
「すげくないです、困ってます」


だってあの風影様ですよ?第四次忍界大戦であんなにご活躍された風影様ですよ?対立していた里を纏め、戦ったとされる、あの、風影様。あの演説のことは、教科書にも載っているくらい。

一般市民の私には、雲の上のような人。隣に並ぶだけでもおこがましい。


「身分が、違うんです、私みたいなこんな、一般市民とは、」
「身分、なぁ…」


ずぞぞぞ、と雰囲気に合わない蕎麦をすする音が響いた。私はヒイラギ先生をじとっと見つめ、真面目に考えてください、と口を尖らせる。


「でもその風影様がプライベートでっつったんだろ?」
「…その意味がわからないんです」
「要は単に、お前と食事を楽しみたいんだろ?」
「……は?」
「プライベートってそういうことじゃねぇの?」


風影様が、私と…?どうして?意味がわからない。なぜそんなことを風影様が?他にカンクロウ様でもテマリ様でもいるだろうに、どうして私と?


「なんでって顔してるな」
「だって、その…なんで私となんか…」
「お前と仲良くなりたいんだよ、風影様は」
「仲良く…?」
「お前だって、他里の同期の先生に会ったら仲良くなりてぇって思うだろ?それと一緒だよ」
「いや、それは、そうですけど、」
「風影って役職を抜きにしてまでお前と仲良くなりたいんだよ、同期と仲良くする、みたいな感じだって」
「そう、なんですか…」
「たぶん」
「たぶんって!!」


全力で突っ込む私にヒイラギ先生はクスクス笑う。もう、とまた口を尖らせ、パクリと親子丼を口に運んだ。


「あんま緊張してやんなって、**も生徒にそんなに緊張されたら困るだろ?」
「うーん…」
「面倒くせぇ事考えてねーで、一男性として見てやれ、それなら馬鹿なお前にもできる」
「ちょ、バカってなんですか!」
「馬鹿だろ、ちょーぜつ馬鹿」


ポン、と頭を撫でられる。それだけで全て許せちゃいそうな、そんな関係。事務として学校に来てから、この人にはずっとお世話になっていた。


「ふふっ、」
「ん?どした?」
「ヒイラギ先生は、本当に頼れる私の先生ですね」
「…お前そーいう事言うから誘われるんだぜ?」
「あ、チーズケーキタルトお願いしまーす」
「ちょ、おまっ、俺の奢りだからって!ちったぁ遠慮しろ!」


面倒クセェ事は考えてねーで、か。私の教育担当のヒイラギ先生の口癖のようなものだった。いろいろ考え込んでしまう私に、ヒイラギ先生はいつもこういった。


「明日、楽しんで来ます」
「おう。月曜に土産話待ってる」


少しだけ、明日が楽しみになった。そんな華の金曜日。





幻が嘘をつくのは金曜日



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