私は今、ものすごい威圧感で萎縮しかけています。
「その…えっと……」
「…………」
あぁ、神よ、どうか私を助けてください。沈黙に殺されます。
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いつも通り、授業が少し長く終わる、そんな木曜日。子供達の完全下校が終わり、夕飯は何にしようかな、と思っていた夕暮れ時の学校の玄関。
そこにはいるはずもない人がいた。
「っ、風影様…!?」
「………」
壁にもたれて腕を組む、私服姿の風影様がいた。里のトップがこんなところでなにを、と焦って近寄ってみたら、なにやら怒ってる様子の風影様。
「あ、あの…私、何か粗相を…」
「…いや、ちがう」
ちがうと否定はしていても、明らかに機嫌は良くない風影様。どうしよう、と焦っても私になにができるのかわからない。
カバンをギュ、と握りしめて彼の言葉を待つしかなかった。
「………」
「………」
辛すぎる沈黙。何かを喋ろうにもまた私の知らないところで粗相を起こしたらシャレにならない。
どうすればいいのか、彼の放つ威圧感に泣いてしまいそうになる。そう思い始めて少なくとも5分は経った。
「……ら、…いか、」
「え?」
断片的に聞こえた声。なんだなんだと思って必死に耳を傾けた。じっと彼の口元を見て、再度言葉が出るのを待つ。
「帰りながら、話さないか?」
少したどたどしい彼の言葉。もしかしたら、怒っているのでなくて、緊張しているのかもしれない。彼がなにに緊張をしているのかなんてわからないけど、怒ってないことはなんとなくわかった。
だから私はホッと心が落ち着いて、やっと笑顔になれた。
「はい、喜んで」
少し目を見開いた風影様。しかしすぐにいつもの表情に戻ると、くるりと反対を向いて、行くぞ、と小さな声でつぶやいた。
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「あの、もしかして、アカデミーのことで何かわからないことなどがありましたか?」
「いや、違う」
「ではどう言ったご用件で…?」
こんな一般市民に、風影様がわざわざ話をするだろうか。アカデミーのことしか思いつかず、混乱は増すばかり。
「…一つ、聞きたいことがある」
「私に、ですか…?」
風影様の歩みが止まった。少し遅れて止まった私の足は、くるりと方向を変えて風影様に真正面から向き合う形になる。
前に生徒たちの修行を見てもらった時も思ったが、本当に風影様は整った顔立ちだ思う。
「…今度の、土曜日、何か予定はあるか?」
「土曜日?」
予定があるもなにも、風影様が開けろといえばいくらでも開けれるのに、どうして尋ねることなどするのだろうか?
兎にも角にも、その日は予定一つなくなにをしようか迷っていたし、風影様からの仕事をもらえれるならちょうどいい。「空いていますよ」、と返事をすれば、「そうか」、と少し風影様の声が明るくなる。
ちょっぴり、そんな風影様が可愛く見えてしまう。
「何かお仕事でしょうか?」
「…一緒に、飯でもどうだ?」
「……へ?」
思考が止まった5秒間。頭の中は、「飯でもどうだ」という言葉がやまびこのようにこだましていた。
「え、あ…その…何かの偵察でしょうか?」
「いや、プライベートだ」
「ぷらい、べーと…」
なんだその言葉は。人生で初めて聞いたぞ。もしかしてプライベート?プライベートなの?個人的に、とか、私的にっていう意味のプライベートですか?
………それってつまり、風影様が個人的に私をご飯にお誘いしているということでお間違いはないでしょうか。
え、もしかして私里を追い出される?仕事の出来なさに呆れて風影様直々に里を追い出されるの?……いや、そんな私みたいな一般市民は電話一つで事足りるか…。
「嫌なら、いいんだ」
「いっいいいいいやではありません滅相もございませんっ!」
とにかく、あの風影様がなにを思ってか私をプライベートやらでご飯に誘っている、これは間違いようのない事実な訳で。
「なら、土曜日の正午に、前に話した木の下で待ち合わせよう」
「ふぁいっ!」
ピンッ、といつもの三倍くらい背筋を伸ばして手帳に全力で書き込んだ。遅れるなんてあってはならないから、集合時間は朝の10時に設定しておく。
そんな私の姿を見てから、クス…と小さな声が聞こえる。手を止めて前を見たら、風影様がわずかに口角を上げていた。
(風影様が、笑ってる…)
普段表情の変化がほとんどない風影様。だからこそ、このたまに見せる笑顔に、私は弱い。
「〜〜っ…」
「土曜日、楽しみにしている」
「っわ、たしも、…楽しみ、です…」
なんでこんなに顔が熱いんだろう。なんでこんなに息がつまるんだろう。なんでこんなに、胸が締め付けられるんだろう。
風影様の表情一つに、わたしはどうしてこんなにも、惑わされてしまうんだろう。
ハート泥棒に出会う木曜日prev |
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