幸福片道切符 | ナノ




火曜日

「我愛羅、アカデミーからの報告書持ってきたじゃん」
「早いな」


去年ごろからアカデミーの仕事の速さが倍増した。2日も3日もかかっていた報告書がたった1日で完成するようになり、今年はさらにそれが速くなって確実に半日もかからない午前のうちに我愛羅の手に渡っている。


「一昨年はこっちが促さなきゃ提出しなかったのにな。あとこれも」
「今年度のアカデミーのイベントの出席願もあるのか。」
「しかも一ヶ月前には挨拶に来るって内容も書いてあるじゃん」


驚くほどの仕事の速さに里の上層部が目をつけたほど。ついでに言えばぜひその有能な力を取り入れたいとアカデミーに足を運んだ企業も少なくない。


「毎回毎回、誰がこの報告書作ってんだろうな」
「仕事は速いに越したことない」


こんなに仕事が早いのに綺麗で整った文字、印鑑までもが丁寧に押されたんだとわかる。いったいどんな奴がこれを作っているのか。我愛羅にはそれが気になった。


「そう言えば、昨日お茶出しに来た女は去年から働いてるらしいな」
「あぁ…**と言ったか」


雲のようにふわふわしている彼女。しっかりしているようで、緊張しやすく、怖がりのようで、人と真正面から向き合う度胸がある。

そんな掴めない存在だった。


「あいつは、よくわからない奴だ」
「…そうかよ」


そう窓の外を見つめる我愛羅。カンクロウは、我愛羅が前とは違うことをなんとなくだが感じていた。
どこかもの寂しそうな視線は、我愛羅の中に芽生えているものを象徴しているようで。


「カンクロウ、これを上層部とアカデミーと里の掲示板に貼るよう伝えてくれ」
「…我愛羅も大概仕事が速いんだったわ」


ヒラリと紙をはためかせ、部屋を出て言ったカンクロウ。
我愛羅は、アカデミーから提出された紙をなぜかずっと持っていた。その文字に指を這わせ、なんとなくだが、この文字が彼女のものである気がした。


「……**、か……」


スルリと口から言葉が落ちた。




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やるべき仕事を全て終え、我愛羅は手持ち沙汰にしていた。我愛羅の仕事の速さは五影の中でもずば抜けており、友達であるナルトはその仕事の速さをいつも羨むらしい。

しかし、任務もなければ娯楽もない、我愛羅はいつも暇という地獄を毎日のように過ごしていた。


「相変わらず暇そうだな」
「もう仕事はないのか?」
「ねぇよ。つかどんだけ我愛羅に仕事回してると思ってんだ」


む、と少しばかり口を尖らせる我愛羅。そんな我愛羅を見かねて散歩に出ればと促すカンクロウ。またかと思いつつもそれしかすることがないため今日も今日とて街に出た。


「風影様!こんにちは!」
「あぁ」
「今日もカッコいいわね」
「目の保養だわ〜」
「かぜかげさま!お花つんで来たんです!もらってください!」
「綺麗な花だ。ありがとう」


目を見張る仕事ぶり、昔とは違って落ち着いておおらかな性格、おまけに整った容姿。そんな我愛羅が里に信頼されるのは当然だった。

キャッキャと子供が遊ぶ声、賑やかな商店街、平和だな、といつも思う。とても良い里だとも。


「**せんせー!こっちでお話ししよ!」
「いーやーだー!**先生は今から僕らの修行をみるんだ!」
「こーら、喧嘩はダメよ?」


修行を見ながらお話ししましょう?と優しい声が響く。**という言葉に過剰に反応した我愛羅は、声のする方に足を運んだ。

そこは昨日も行ったアカデミーだった。


「あ!風影様だ!」
「え?」
「ほんとだー!」
「皆変わりはないか?」


隠れていたつもりだったが、すぐに見つかった我愛羅。パタパタと寄って来る子供達一人一人に対応していたら、子供に引っ張られた**もやって来た。


「こんにちは、風影様。お散歩ですか?」
「あぁ。…**と言うたか?」
「はい、**です」


あの時の怯えた表情は全くない。ふわりと優しく、それでいて芯の折れなさそうな雰囲気。我愛羅はこの雰囲気が好きだった。


「今から修行をみるのか?」
「はい、…と言っても、本当に見るだけですがね」


一般市民の彼女に忍術は使えない。本当に見るだけなのだ。しかし生徒はこぞって**に修行を見て欲しいと集まる。


「お仕事がよろしければ、風影様もご一緒なさいますか?」
「!いいのか?」
「えーっ!風影様が修行みてくれるの!?」
「ずるい!私も修行する!」
「おい!みんな集めよーぜ!」
「こらこら、そんなにたくさんだと風影様が疲れちゃうよ〜」
「大丈夫だ、心配ない」


気遣いもできる彼女。優しい口調に安定した性格は子供達が彼女を好くのも無理はないと思わせた。

あれよあれよと子供達が集まり、あっという間にプチ授業の完成。二体の砂分身我愛羅を囲んで皆で分身や変化の練習をした。

一方の本体我愛羅は木陰の下で**と2人談笑していた。


「ありがとうございます、風影様に修行を見てもらえるだなんて子供達も本当に喜んでいます」
「大したことではない。こちらこそ、誘ってくれて感謝しているくらいだ」


いつも通りの変わらない日常の、ほんのひと時の変化。我愛羅にはこの瞬間が心地よかった。


「**せんせー!見てて!『分身の術』!!」
「!すごい!初めてできたねゆづるくん!」
「へへっ、これくらい朝飯前だ!」
「私だってできるもん!『分身の術』!」
「リィちゃん、前まで三体だったのにもう6体も出せるようになったんだね、すごいね!」
「ふふーん」
「くそー、俺だって!」


終わらない**先生コール。何度も同じ術を見ているのにも関わらず、**の対応は一人一人違っていて丁寧だった。

本当に子供達に好かれているんだとわかる。


「楽しそうだな」
「みんないい子たちばかりで、本当に教師になれて嬉しいです」
「教師になって何年なんだ?」
「2年目です。去年から事務員として就職しました」


2年目とは思えないほどの人気ぶりだが、話せば話すほどもっとそばにいたいと思う。

話している途中、我愛羅にはふと疑問があったのを思い出した。


「そう言えば、俺に提出している報告書は誰が書いているか知っているか?」
「月初めに提出する報告書ですか?」
「あぁ」
「それは私が書いていますよ」


やっぱりか、と思うと同時に仕事もできて生徒にも人気だなんて本当に教職に向いていると思った。


「まさか…何か不備でもございましたか…?」
「いや、逆だ。一昨年のよりも内容も速さも格段に良くなっている。」
「よかった…風影様に提出すると思うといつも緊張してしまって、」


ほっと胸をなでおろす**。その安堵した表情もまた我愛羅は目が離せないでいた。

しばらく話し込んでいると、突然強い風がピュウと吹いた。思わず我愛羅は目を細め、**は閉じた。
その時、風に乗った花の香りが我愛羅の鼻をくすぐった。匂いがする方を向くと、そこには**がいて、髪の毛を耳にかけていた。

その可憐な姿に目を見開く。純粋に心から、美しいと思った。そう思った時、ギュッと心臓が締め付けられるのを感じた。


「…?」
「っ、すごい風でしたね、大丈夫ですか、風影さ、っ!」






世界征服を企む火曜日
((愛しい人を思うような、そんな視線に、私の心はギュッと締め付けられた))



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