「何であんたが隣なの」

「俺のセリフだ」

「他の席行ってよ」

「俺のセリフだ」


USJに向かうバス。窓側が良かったから最後に空いてた前の方にある二人席の窓側に座れば、一番最後にバスに入って来た轟炎司がものすごく嫌そうな顔をして私の隣の空席の横に立った。
こっちだって嫌だってば。

クラスで一番仲の悪い轟。
何かしら突っかかってくるから私も負けじと突っかかっていた。口を開けば暴言が飛び交う光景はもはやクラスのみんなの見世物と化している。


「轟〜、早く座れ〜、バスが出発できないだろ〜」

「……はい」

「…………。」


先生からの一言に苦虫を噛み潰したような顔をしてから、私の方を一切見ずにでかい図体を端に寄せ私に触れまいと無言で座る轟。
後部座席ではくすくす笑いが聞こえた。何やら私たちを勘違いしてクラスカップルだのおふざけを言う奴らだろう。あとで突き刺してやる。

私はと言うと、バスが走り出したと同時に同じように端っこに身を寄せてはイヤホンを取り出し、問答無用で耳にぶっ刺した。
その瞬間、ヴヴヴ…とバイブレーションとともに一件のメールが。


───
From:八木俊典
件名なし
『宝石さん、僕が席代わろうか?』
──


優しい優しい八木くんだ。彼は中くらいの窓側に座っていたはずだけど、八木に想いを寄せる女の子が隣に座っていたはず。隣を変わるわけにはいかない。


──
To:八木俊典
件名:Re:
『ありがとう、大丈夫だよ。
八木と轟なんて席に納まらないでしょ?』
──


親友の優しさに浸りつつ、送信ボタンが押されたメールが送られたのを確認してから鞄にしまった。
ていうか、……


「体デカすぎ、こっちに入ってこないでよ」

「仕方ないだろ」


別に悪態つきたいわけじゃないのに、どうしてか口から出てくる言葉は嫌味な事ばかり。あー、やだやだ、とため息をついた。こんなことが言いたいんじゃなくて、寒かったから触れてる肩があったかくて、それだけなのに。不器用で愛嬌がないにもほどがある。ありすぎる。


「…………」

「…………」


曲の流れてないイヤホン。なんとなく聞く気にならないけど、外す気にもなれなかった。後ろの方では賑やかな声が聞こえるのに、私たちの席は息の音しかしない。
ちら、と轟を見てみれば、腕を組んで目を瞑っていた。
寝ているのだろうか、黙っていたら男前なのにもったいない。


(…さむ、)


冷房がガンガン効いている中、直接肌を冷やす風が寒すぎる。あまり触れようとしてない左肩は熱を保つには足りなさすぎた。
手のひらに残ったなけなしの熱で腕をさすってみるが、ほとんど無意味だった。それどころか両手もどんどん熱をなくしていって、夏なのにかじかんでしまうほど。


(止めようかな…いやでも轟が暑かったら申し訳ないし…)


ちら、と風を送り込んでくる送風口を見た。風の向きを変え用にも無断で轟の方に向けるわけにも行かないが、この微妙な雰囲気で喋りかける勇気はない。そうこう考えているうちに肌はどんどん冷たくなっていく。
寒がっているとバレないように肌を撫でてみる。やはり寒さは変わらなかった。


(カーディガン持ってくればよかった…、)

「……寒いのか」

「っえ」


掛けられた声に顔を向けた。
腕を組んで、何やら難しそうな顔をしている轟が、まっすぐ私を見ている。
手をさすっていたのがバレたのだろうか。私から目を逸らさない轟が、呆れたように小さく溜息をついた。


「貴様は本当に馬鹿だな」

「ばっ、ばかってなによ!」

「くだらない痩せ我慢をするな」

「は、はぁ!?」


そう言った轟が、なにやら鞄の中をごそごそと探り出した。私はと言うと、別に隠してたわけじゃないけど、痩せ我慢していたのがバレてなんだか恥ずかしくて、手をぎゅっと握って眉間にしわを寄せた。バカと言われたのがムカつくけど、それ以上に轟にバレたってことの方が居た堪れない。
ぐぬぬ…、と口をへの字に曲げては轟に視線を向けた。しかし余裕そうな轟は、鞄の中からタオルを取り出してはそれを私に近づける。


「使え」

「な、え、?なんで轟のタオルを…?」

「羽織など持ってない。少しはマシになるだろう」


問答無用で太ももに落とされたそれを慌てて拾い上げる。ふわ、としたのはきっとかなりいいタオルなんだろう。鼻をくすぐる柔軟剤の匂いに、思わず顔に近づけた。


「いい匂い、」

「……においを嗅ぐな」


ありがたくそれを広げて腕にかけた。直接当たる風がなくなり、幾分寒さがマシになった気がする。
肌触りがものすごくいいそれを堪能していたら、轟が急に立ち上がって私の方へと身を乗り出してきた。


「わっ、え、なに、」

「風向きを俺の方にする」


手動で風向きを変えるそれを弄りだしたと思えば、なかなかうまくいかないのだろう。反対方向に向いたりしている。不器用だなぁ、もう。


「私がやるよ」

「いらん。座ってろ」

「ちょっとそれを押すだけだよ」

「それくらいわかってる」

「もう、不器用だなぁ」

「黙れ」


グイグイとそれをいじっては悪戦苦闘する轟に思わず頬が緩んだ。ばーか、と一言呟いては、私がやるから座ってれば、と轟の服を引っ張った瞬間、バスが大きく揺れた。


「ッ…!?」

「っ、いた…ッ!?」


ゴン…っ!
痛々しい音が響いた後、オデコへの衝撃にびっくりして目を瞑っていたのをゆっくりと開けた。

視界に移ったエメラルドグリーンが、悔しいほどに綺麗だった。


「…………」

「…………」


お互いどれくらい固まっていただろう。小さく息を飲んだ音が聴こえて、訳もわからず顔に熱がこもっていった。

鼻先が触れ合う距離。ほんの少し動いたら、唇さえ触れてしまう。
私の太ももに直に乗せられた熱い掌がピクリと動いたと同時に、私の体もぎゅっと硬くなった。


「っ、ぇ、あ…っ」

「…………すまん、」


ゆっくりと離れていく体。掌を退けられた太ももが少し寒く感じる。

黙って私の隣に座り直した轟。一方の私は、まだ出来事に感情が付いてきてなくて、身を縮めて拳を握った。


「…お前がやってくれ」

「……ん、」


バランスが崩れないように前の座席に手を掛けて、冷房を轟の方に向ける。なにを苦戦していたのだろうかと不思議になるほどすんなりと終わったそれに拍子抜けしつつ、また元のように座り直した。


「…………すまん、」


ぼそ、と呟いたのは、なにに対してなのか。
じんわりと感情が付いてきては、さっきの距離感に心臓がバクバクと破裂しそうになった。

轟の方なんて到底見れなくて、誰に見られる訳もなく口元を隠す。息さえも当たる距離に、轟がいた。
どうしよう、心臓が破けちゃいそうなくらいドキドキしてる。ドキドキしすぎて、苦しいくらいに。

ぎゅ、とタオルを握りしめては上腕を覆った。さっきまであんなに寒かったのに何故だろう、今はあつくて仕方ない。



:
:



「宝石さんの時はどうだったのかしら?」

「…へ?」

「あらごめんなさい、寝てた?」

「あ、ううん。ぼーっとしてただけ。えっと…なんの話だっけ?」


あの時のバスの様子を不意に思い出してたらうとうとと違う世界に行ってたみたいだ。あの時は四列席しかなかったから、必然的に誰かと二人組で隣だった。それが、あいつだっただけなのに、あんな事件が起きたとは。
今でも思い出してはキュンとなる。私にとっては一年も経ってない出来事だから、鮮明に思い出せる。轟は、もう忘れているだろうけど。


「えっと、蛙吹さん、だっけ?」

「えぇ。梅雨ちゃんって呼んで」

「ん、梅雨ちゃん。えっと、昔の話だよね?」


少しだけ感傷に浸ってみては、話を戻さないと、と隣を見た。
そんな私に隣の席の梅雨ちゃんがふふふと笑った。なんだか可愛らしい子だ。確か個性はカエルだったかな。


「宝石さんの時代も実践演習とかあったの?」

「うん、多分カリキュラムは似てるんじゃないかな?」

「あ、あの!宝石さん!!」

「えっと、緑谷くんだっけ。私のことは呼び捨てでいいよ。一応同期だし」

「え、ええ!?よよよ呼び捨て!?」

「無理やりじゃないよ。で、どうかしたの?」


やたらと挙動不審な緑谷くん。なにやらいろんな汗が噴き出しているような気がするけど、もしかして私の前で緊張しているのだろうか。


「宝石さんって!!オールマイトとエンデヴァーと同期って本当ですか!?」

「あぁ、あの2人?うん。同期だよ」

「えー!色々教えて!昔の2人のこと聞きたい!」

「あはは、いいよ。答えられる範囲ならね。なにが聞きたい?」


そうか。今の時代、私の親友2人は超が何個もつくほど有名人なんだ。なんたってヒーロー志望なら誰もが憧れるNo. 1ヒーローとNo.2ヒーローなんだもんね。
まぁ、昔の2人を思えば確かに他とは違う風格があったような気がする。


「2人の高校時代ってどうだったんだ?」

「んー、今とそんな変わんないよ?なよっちいのと口うるさいのはほんと変わってない」

「なよっち…オールマイトが!?」

「優しすぎなの、あいつ。どんな頼みごとでもいいよって引き受けちゃうし」

「あ〜、わかる気がする」

「はい!2人の成績とかどうだったんですか!」

「えーっと、上鳴くんだっけ?あの2人ねぇ。確かに優秀だったよ。特にとど、…エンデヴァーは。体育祭も1位だったしね」

「えー!エンデヴァーの方が優秀だったんだ!」

「まぁ2人とも学校でも群を抜いてたよ。オールマイトは後期からの伸びがすごかったかな?」

「おぉー!やっぱすごかったんだなー!」

「はいはいはい!!恋愛はどうだったんですか!!」

「……あ、葉隠さんね。あはは、いきなりぶっこむね〜」

「透でいいよ!」

「ん、透。んー、2人とも結構モテてたなぁ〜」

「やっぱりそうなのか!?成績優秀だとモテるのか!?!?」

「峰田ちゃん、必死ね」

「オールマイトは、少数の人から本気で好意寄せられるタイプで、エンデヴァーは逆に大勢のファンがいたって感じかな」

「へぇ〜想像できねぇー!」


勢いよく来る質問に当たり障りない程度で答えていけば、みんな驚いたように目を丸くしたり笑ったりと各々に楽しんでいた。
その反応を見れば、いかにこの時代であの2人が有名なのかがすぐにわかる。

私にとっては、ただの馬鹿な同期2人だけど。


「ま、誰とも付き合ってなかったよ。ことごとく振ってたって本人たちも言ってたし」

「少女ちゃんってあの2人と仲良かったん?」

「オールマイトは最初から仲良かったなぁ。エンデヴァーは、最初は顔合わせる度喧嘩してたけど、だんだん普通になってったよ」

「そんな仲悪かったんだな」

「まぁね。お互い嫌い合ってたから」

「おいお前ら、雑談もいいがそろそろ着くぞ」


話を遮って声をかけてきた相澤先生に、はーいと間延びした返事をしてはみんなが外を見た。「あれだよ」と指をさした方向は、30年前とは打って変わってめちゃくちゃ綺麗な建物だった。位置的には変わってないけど、現代の建築技術とは凄いものだ。なんだあれ、めちゃくちゃすごい。


「なんかUSJみたい!」

「まだUSJってあるんだ」

「宝石さんの時代にもあったの?」

「うん。行ったことはないけどね」


ここでの演習は夏前だったなぁ、なんて思い出に浸りつつ、初めて八木と轟と三人一組のチームを組んだこの演習場が姿形が変わって別の何かにしか思えなかった。
時代に取り残されているのがひどく苦しくて、無力な自分が腹立たしくなった、そんな春の出来事。

蠢く悪に誰一人として気付かぬまま、バスは建物内に入って行った。


神隠し30年目



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