甘えん坊

「ごはん持ってきたよ、ムサシくん。」




高すぎない聞きやすい声色の女性の名前は△▽と言うらしい。昼食を運んでくれた時に聞き出したんだけどね。新年大会が終わってから、毎食俺に飯を運んできてくれる。地下牢の囚人にも関わらず面と向かって喋りかけてくる彼女は本当に肝の据わった人だ。




「ありがとう、△▽さん」
「いーえ、仕事だからね」




年は俺より3つ上の24歳。若いのに地下牢担当だなんてかわいそうだと思った。




「? ムサシくん、食べないの?」




本を手に持ったまま動かない俺を見て不思議に思ったらしい、がさりと音をたて気配が近づく。おそらく格子の向こうで俺と視線を合わせているみたい。




「ムサシくん?どうかした?」
「なんでもないよ、△▽さん」
「そっか!」




彼女はなぜか、いつも俺が食べ終わるまで待っててくれる。それだけじゃなくてずっと喋り続けてくる。なぜ待っているのか、今まで疑問に思っていたけど、自意識過剰に捉えられるのが嫌だったから聞けずじまいだ。




「今日はね、13舎のロックくんが5舎のリャンくんって子をうちの食堂に呼んだんだ〜」
「へぇ、そこの主任同士仲悪いのによく許したね。」
「ふふ、なんたってうちの厨房には石窯ができたからね!今度石窯料理持ってくるね!」




13舎に所属している特別料理部の彼女は、地下だけでなく上の食堂でも働いている。
そのおかげでいつも忙しそうだ。




「ねぇ、なんで△▽さんは地下牢も担当してるの?やめてって言えばいつでも外せるでしょ?」
「んー?えっとねー、上が忙しいからちょこっと休憩みたいなものかな〜」




休憩みたいなもの、ね。まぁこっち的にはありがたいからもうこれ以上は聞かないけど、嘘なんだろうな、と思った。



「サボリに使うなんてずるいよ」
「ウソだってわかってるくせに」
「あ、バレてた?」
「ムサシくん顔に出やすいからね〜」





そんなこと初めて言われた。何考えてるか良くわからないって言われてきたのに。クスクスと可愛く笑う彼女は人の変化に敏感すぎると思う。




「ほーら、早く食べないと冷めちゃうよ〜?」
「△▽さん」
「ん?」
「アーン、して?」





何を思って甘えたのかはわからないけど、少し賢い彼女の驚く声が聴きたくなった。






「もー、しょうがないなぁ〜」




まぁ、こんなことでは大人な彼女は驚かないんだけどね。