バスケ時々サッカーボール

6時半に部活が終わり、チームメイトとグダグダとお喋り。これが私の日常。
短針が8を示す数分前、顧問の帰宅を促す声を聞き「めんどくさー」と重い腰を上げて出口へ向かう。これも私の日常。

毎日同じことの繰り返し。変わりたいとも変わろうとも思わない私はこの日常に依存している。


でも、今日はいつもと少し違った。




「あった……」




自分の机の中を覗いてみれば手のひらサイズの四角いもの。ポチリと電源ボタンを押せば、通知欄には対して興味のないニュースが表示されていた。

あ、お母さんからLIME来てる。『何時頃に帰る?』という内容に、『今学校だから時期に帰る』と飾りっけのない返事をする。

スマホをポケットにしまい、教室の電気を消せば真っ暗な空間が広がる。いい気分ではないからそそくさと昇降口へと駆けていった。

でーんと私の行方を阻むのは正門だった。ご丁寧に鍵まできっちりかけてある。億劫だが裏門まで行く必要があるみたいだ。ふぅ、と一息ついて鞄の中のイヤホンを歩きながら探す。

サッカー場の隣にある裏門につけば、今度は門は半分だけ開いていた。

よしよし、と片耳にイヤホンをつけたとき、何かが私の足を掠めた。



「っ!?」



ビックリしてその正体に目をやれば、バスケ部の私とは縁もゆかりもないサッカーボールだった。しゃがみ込んでそれを手にとれば、いつも持っているボールよりははるかに軽くてツルツルしている。ボールを持ったらいつもの癖でついドリブルをしようとした。なにこれ、全然跳ねない。




「すいません!そのボール俺の………あ。」
「え?あ、、………六力くん」



私に声をかけてきたのは、クラスメイトの六力君だった。半袖半ズボンの練習着に長めのソックス。こうやってみると改めてサッカー部なんだ、と実感する。




「えっと‥ボールありがとう、」
「いえ‥ど、どうぞ…」



クラスメイトといえど、二年生になって初めてその存在を知った六力くんとは初トークだった。このまま帰るべきなのか喋るべきなのか、まぁ前者が正しいかも、まだ練習してるようだし。
あれ?サッカー部は今日6時に部活終わってなかったっけ?




「まだ、練習?」



頭にふと過ぎった疑問を思わず聞いてしまった。驚いた顔をする六力くん。当然だ、私も聞く気なんてさらさらなかった。




「えっ、あ、うん。居残り練習」
「そー、なんだ…偉いね………」



あぁ、これが頑張っている人か。うん、すごいなぁ。ゆるい日常に依存している私とは全然違う。彼の周りだけキラキラして見えて、私の周りはひどく淀んでいるように見えた。




「…そんな、上手くなりたいとか、かっこいいりゆうじゃないけどな、」
「え?そうなの?」
「まぁ、後輩にすげー上手い奴入ってきて…このままじゃ置いていかれるから、、って何話してんだろ、おれ。」




ははっと自嘲気味に笑う彼に、すごく疑問を抱いた。




「なんで、諦めないの?」




そう聞いた瞬間、しまった、と思ったがもう後の祭り。こんなの頑張っている人にかけるべき言葉じゃない、むしろ最悪の言葉だ。




「っ、ごめ、これはちがうくてっ!!」
「なんで、諦めないの、か………何でだろうな……」




こんなくだらない意味のない問いかけに、なんでこんなに懸命に考えてくれているのか、わからなかった。こんなところでも差が出るんだ。やっぱり彼は、すごいなぁ。




「なんだかんだで一年の時必死に練習してきたんだ、ここで諦めたら、頑張ってきた俺自身に失礼だから、だな。…それと、先輩のプライド…ってやつかな」





笑ってそう言った彼と私を比べて、とてつもなく自分が恥ずかしくなった。実力のある後輩が入ってきて、埋まり切らない実力の差を見せつけられ、抗うことをやめた私。去年精いっぱいやってきた自分を押し殺して、ゆるい空気に流された私に、彼はひどく眩しく見えた。かっこいい、と素直に思った。




「……かっこいいね、すごくかっこいいよ。」
「え!?あああありがと、」




戸惑う彼にクスッと笑った。今度はかわいいな。少し話し込んでしまったが、すごく有意義な時間だった、と思う。こんなにかっこいいんだ、きっと彼は今後もレギュラーになれるだろう。私は諦めたけど、彼だけは応援したい。そう心に誓った。




「じゃあ………そろそろ帰るね、バイバイ、また明日。」
「あぁ、引き止めちまってごめんな?」
「いえ、私の方こそ。…………がんばって、応援してるよ。」




最後にそう告げ、裏門をくぐった。なんだか今日はいい気分だ。空を見上げればいつもと同じはずの星がキラキラときれいでどこか懐かしかった。こんなにも輝いた星を見たのは、いつぶりだったっけ。





「▲▼!!」





呼ばれた名前にビックリして振り返ると、六力くんは顔を真っ赤にしながら、




「俺もっ、応援してるから!▲▼もがんばれ!!」




そう叫んだ。名前を呼ばれたことに驚いたけど、何より彼が応援してくれることに驚いた。こんなに輝いている人に応援されているんだ。私も、もしかしたら頑張れるのかもしれない。いや、頑張りたい。


前言撤回。頑張れる人として、彼の隣に胸を張って立てるようになりたい。





「……がんばるね、私も。六力くんみたいになりたいから。」
「えっ俺!?」
「うん、かっこいいもん、六力くん。」
「〜〜っ、あ、りがと…」





翌日



「あれ?△▽まだシューティングやるの?もう練習終わったよ?」
「んー、ちょっとね。」
「なになにー、お熱入った感じ?」
「まぁ、ね。頑張ってる人に応援されたから、負けてられないんだ〜」
「え!?男できたの!?」
「ち、違うよ〜そーゆんじゃないけど………隣に立てるような人になりたいな、、とは思うけどね、」
「えー!!そこんとこ詳しく!!」
「はーい、▲▼はシューティングをするのでもうこの話は終わりでーす」
「寸止めプレイだ!焦らしよくない!」
「なんとでもいえ。」






「(頑張ってる人に応援されたっ……隣に立てるようなっ………!?違うよな、違うくないのか!?でも俺昨日応援したし…いや、でもっ、……うわぁぁぁぁあ)」

六力がこの会話を聞いていたと知ったのは、ずっと後のこと。