kissmark

え?私の舎房って『夢の7舎』なんて言われてるの?



「ドーナツ班!!もっとペースをあげろ!!」
「すっすいませ、「謝るくらいなら手動かせ!!」
「は、はいぃぃい!!」



そんなのウソウソ!ぜーったいにうそ!



「マカロン班!詰め込み終了しました!」
「ならばバームクーヘン班とブラウニー班を手伝え!!」
「はい!!!」



私たちコックからしたら7舎なんて……




「各班すべて準備が整いました!!!」
「よし、行ってこい!!


△▽!!!」
「はいっ!!」








『地獄の7舎』だよ。



「行ってきまぁぁぁぁす!!」





なんとか持つことのできる重さの保冷タンクをリュックみたいに背負い、そこに入りきらなかった物がこれでもかと詰め込まれている保冷バッグを両手いっぱいに握りしめ、私は厨房を飛び出た。
飛び出る瞬間にちらりと視界に入れた時計はあと数分で5:00を知らせようとしていた。…一応言っておくけど、朝の…だよ?

足を動かし続けて早3分。目的の場所に着いた私は、乱れる息もそのまま、頭でノックをした。バカだからじゃなくて両手が塞がってるんです、ここ重要。

ガチャ…とドアが開けば、そこには顔の右半分を隠してもなお綺麗な顔立ちだと分かる美青年が立っていた。





「おはよ〜△▽ちゃーん!」
「……おはようございます…。


七色主任」





この超絶イケメン、もとい七色主任(、もとい地獄の原因)は、嬉々とした顔で私を出迎えてくれた。




「ささ、入った入った〜」




ドアを支えたまま、ニジマス主任は私を自室へと促した。荷物を入れなきゃなんないから元々部屋には入る予定だったし、私が7舎に異動になった日から毎日のことなのでもう慣れっこなんだけど…やっぱり主任の自室に入るのは気がひけるというかなんというか。




「…おじゃま、します…。」
「おじゃまされま〜す」





毎日見ている部屋と大して変わらない、いつも通りの整頓された部屋だった。『夢の7舎』と言われているくらいなのに部屋の中は白と黒を基調としたいたってシンプルな家具がそろってある。つくづくセンスがいい。




「そこに置いといて〜」
「はい」



汚れひとつ知らない真っ白なテーブル。1人用とは思えない大きさで、私の持っている大量の荷物も楽々置くことができる。どさっ、とお菓子をおけば、半端じゃない重量から解放された体が軽く感じる。





「それでは、私は帰らさ、」
「あ!ちょっと待って!」
「ひぎゃっ」




玄関に足を向けた時、すんごい力で腕を掴まれたかと思うとそのままグルンと私の体を回転させ、気づけば七色主任が正面にいた。ごめんなさい帰りたいです私。




「顔色悪いよ?おかし食べるぅ?」




いや、あなたのせいだ!しかもそれ私たちが作ったやつ!!!




「…いえ、仕事中なので私はこれで、」
「そのまま帰ると倒れちゃうよ〜?」
「すぐそこなのでそうなったら他のコック達に…」
「ちょーっと待っててね〜」
「なんでやねん」




はっ…しまった、ツッコミを…!心を穏やかに、私!!私はただ早く帰りたいだけなんだ…!!

数分後に、七色主任は戻ってきたが私にとっては何十分も待たされた気分だった。





「お待たせ〜」
「あの、そろそろ帰り、」





クルッと声のする方向を向こうとしたけど、その動作はできずに私の視界は真っ暗になった。




「え、…」
「はいっいずみちゃんに問題ですっ」





彼の掌が私の目を覆っていたと気づいたのは、数秒後だった。





「な、なにするんです、…ひゃあっ…!!」



何が起こってるの!?からだが締め付けられっ…まさか後ろから抱きしめられてる!?!?なななななんでっ!?

あまりにも驚き過ぎた私はペタンと座り込んでしまった。それでも体に感じる圧迫感はなくならない。かすかに耳にかかる、彼の吐息で体が麻痺する。心臓が自分のものじゃないみたいにばくばくと動いた。





「△▽」




いつもの柔らかい声じゃなくて、なんかこう、低くて色っぽい声。緊張なのか恐怖なのか訳も分からず体が震える。絞り出した声はか細かった。




「は、い…」
「口、開けて?」





そんな声に逆らえるわけもなく、おずおずと口を開いた。




「あ…むぐっ…?」
「△▽ちゃんが食べているのはなーんだっ」





クスクスと可愛らしい笑い声の七色主任。先程とのテンションの変化についていけず、ただ口の中にあるものを噛み締める。




「…おにぎり?」
「ピンポーン!大正解〜!」




パッと視界が元に戻った。もぐもぐと口を動かし、米一粒一粒を噛み締める。少しきつめの塩加減は、今の私にはちょうどいい。




「いずみちゃん朝ごはんまだでしょ?顔色悪かったよ〜」




「はい、残りもたんとお食べ〜」とお皿の上には塩むすびがふたつ。今の状況を把握できないまま、彼に問答無用におにぎりを口に放り込まれた。あれ、なんか頭がボーッと…して………






△▽



気づいた時には私は厨房の前にいた。え?私なにしてたの?あれ?もしかして全部夢?

なにが起こっていたのか、さっきのは夢なのか現実なのか区別もつかず、料理長の「さっさと中に入れぇぇ!!」の声で思考が完全に切り替わる。

なんだか首もととか全身がむず痒くて、洗面所の鏡で見てみれば赤紫色の痣が点々とできていた。なにこれっ!?となぞってみても痛みなんて全くない。まぁなにかあったらオトギさんに診てもらうか、と服を正して厨房に入っていった。






kissmark
(なっ、ちょ、おまっ、それっ…!)
(三葉主任!悟空主任!お勤めご苦労様です!)
(△▽ちゃん、…これどうしたの?)
(なんか、七色主任の部屋から帰ってきたら出てきました!アレルギーですかね?)
((いや、絶対に違う。))