「なんだよ、これ、」
「っ、」
「どう言うことなんだよっ、!!」
「でい、だらく、ッ」
ザアザアと雨が衣服を濡らす。**の腕を掴みあげる手に力が入る。
頭が、真っ白になった。
:
:
:
夜の11時。辺りは雨の音しか聞こえない、蒸し暑い夜。
そんなオイラを見つけた**は、慌てた様子でオイラに駆け寄った。
「デイダラくんッ、!?傘はどうしたの、?」
「これあるから大丈夫だろって思ってな、うん」
「全然大丈夫じゃないよ、すごく濡れてる、!」
向こうで適当に賞金首を捕まえてできた金で買った新しい着物が、色を変えるほど濡れていた。(流石に暁の羽織じゃ目立つ、うん)
雨水が染み込んで手遅れだろうが、**は何度も俺の体をタオルで拭いてきた。そんな懇親的な姿にときめいたのは仕方ない。
「**が濡れるぜ、うん」
「デイダラくんよりは濡れてないから大丈夫だよ」
「…自分で拭けるから大丈夫だ、…うん」
**が不安定そうに片手に掴んでる、斜めを向いた唐傘を支えた。
**の俺を拭く手が止まる。至近距離で視線が絡み合う。
揺れて逸らされた瞳を確認してから菅笠を外す。雫が垂れて、足元をさらに濡らした。
「ありがとな、うん」
「、ふふ」
傘が雨を凌ぐわずかな範囲に、俺たち二人がいる。どく、どく、と速くなる心拍。ほぼ密着している状態だから、**に心臓の音が聞こえてしまうかと思った。
**から傘を奪う。腕を高く上げた状態だと、しんどそうだったから。
「オイラが持つ」
「あ、りがと…」
スルリと唐傘から手を下ろす**。
緩んだ袖口から、青紫が視界に飛び込んできた。
「怪我、してんのか、?」
「っ、…あ、」
思わず下がった手を掴んだ。服がめくれて肘から手首にかけての青アザが、はっきりと映し出される。
「う、ん…階段から、落ちちゃって、」
「大事な体なんだ、気をつけろよ、うん」
かなり濃い青アザ。危険な転げかたをしたんだろう。どんな怪我か見るために、唐傘を首で挟んで、ほぼ無意識に袖を掴んで肩口まで捲し上げた。
「っ!?」
「やっ、めて…ッ!」
カシャン…
落下した唐傘と勢いよく離された腕。しかしすぐさまその腕と反対側の腕を掴み、逃げようとする体を引き寄せた。
掴んだ瞬間、顔を歪める**。反対側の腕も同様に、袖をたくし上げた。
「…なんだよ、これ…」
「ちがうの、離して、ッ」
強引にオイラから離れた**。しかし足場の悪い地面だ。そのまま足をつまづかせてゴツゴツとした石だらけの地面に尻餅をついた。
乱れた着物の足元からは、すらっとした細長い足が。その足も、腕と同様に青黒くなっていた。
「っ、」
「まさか…ッ!」
**の目の前で跪き、抵抗する**を無視して乱れた裾を左右に引っ張って広げた。
膝上まで露見した素足は、明らかに人為的につけられた痕のようで。
「階段から転けただけで、こんなになるわけねぇよな、」
「〜〜ッちがうの、これは、ッきゃ、!」
**の背中を支えて地面に押し倒す。襟元を掴んで皮膚を露出させれば、赤い痕や青紫に変色した痕が白い肌にやたらと目立つように残っていた。
コロン、とネックレスの宝石が首の後ろに回った。
「なんだよ、これ、」
「っ、」
「どう言うことなんだよっ、!!」
「でい、だらく、ッ」
見たらわかる。転けただけでは到底できない怪我。
誰かに殴られた痕だって、すぐにわかった。
「誰だ!!誰が**にこんなことをした…ッ!!」
「〜〜ッ、や、いた…ッ」
頬を伝う雫は、雨か涙がわからない。多分両方だ。怒りとショックで思わず**を握る手のひらに力が入る。
今すぐにでも、こんなことをしたやつを、殺してやりたい。
「誰かに襲われたのか?」
「ち、ちが、」
「誰だ、里の忍か?抜け忍か?」
「ちがうの、本当に、」
ちがうちがうと首を振る**。誰だ、誰だと怒りで頭がどうにかしそうだった。
そんな時、**の言葉が不意に思い出された。
『なかなかうまくいかないことが多いけど』
『だ…旦那とは、どうなんだ、?…うん、』
『……結婚って、難しいからなぁ…』
『穢れてるから』
「……旦那、か、?」
「〜〜ッ、ち、が、」
明らかに、反応が違った。怯えたような表情で、目をぎゅっと瞑る**。
「…旦那なんだな」
「ちがう、ちがうの、わたしが悪いから、」
「……家はどっちだ」
「でいだらくん、?」
「オイラが話をつける」
「っやめて、デイダラくん、ッ!」
素敵なやつって、手紙に書いてたじゃねーか、!そう言って**の襟元を掴んで顔を埋めた。もう理性はぶっ飛んでたのかもしれない。
(他の男の痕がつくくらいなら、いっそ、)
「っ、いた、!」
「…ん、」
「〜〜ッ、い、ッ!やめ、デイダラくんっ、!!」
青痣に口を這わせ、皮膚を吸った。ジュ、とかすかな水の音がするたびに**の体がピクリと跳ねる。
背中を支えていない空いた手の口で、腕や足に痕を残していく。
「いたい、ッ、やめてよデイダラくんッ、!!」
嫌だ嫌だと騒ぐ**の声はいつしか聞こえなくなった。ただ無我夢中で痕をつけることで精一杯になって、汗なのか雨なのかわからない水滴を舐めた。
「〜〜やだ、いたい、怖いよ、っ!」
切り傷からわずかに血が漏れる。べろりと舌を出して舐めとれば、やだ、と何処かで聞こえた気がした。
雨で濡れた着物と髪の毛が皮膚に張り付いて気持ち悪い。でもそれ以上に謎の興奮が身を包んだ。
「デイダラくんッ、!」
「**、」
呼ばれた声に顔を上げて、頭を掴む。荒くなった息をそのままに、可愛らしい唇をかぶりつこうとした。
その時、視界が冷たい何かで遮られる。
そして鼓膜が確かにか細い声を聞き取った。
「こわい、たすけて…」
「っ、!」
勢いよく**から離れた。
乱れた服のまま横たわる**。その顔は手で覆われていた。
オイラは、今、何をしてた…?
「**、ッ」
「ばか、デイダラくん、…」
「〜〜ッごめん、**、オイラ、ッ」
「こわかったよ、デイダラくんが、」
確かな泣き声で、震えた声で、呟いた**。怖かった、痛かった、そう何度も呟いた。
これは、オイラがやった。旦那よりも、ずっと傷つけた。
「ごめん、**、ごめん、」
「デイダラくん、」
「ごめん、オイラ、頭が真っ白になって、」
「…もう、いいよ、」
「**が、怖がること、して、」
「デイダラくん、もういいから、」
「ごめん、謝って、許されることじゃ、ないから、」
**を傷つけたのはオイラだ。泣かせたのも、怖がらせたのも、全部オイラだ。
「ごめん、ごめん、**、ごめん…ッ、!」
「デイダラくん」
ボロボロと涙を流して情けなく謝るオイラに、**がゆっくりと近づいた。膝をついて頭を下げるオイラの両ほほを、**の冷え切った手のひらが優しく包み込んだ。
「デイダラくん」
「**、オイラ、お前にッ、!」
「私のために、怒ってくれたんだよね」
「違う、オイラは自分勝手に、「嬉しかったよ、怒ってくれて」
「**っ、」
お願いだ、許さないでくれ。怒ってくれ。怒鳴りつけて、罵って、殴って、**が怖かった感情全部ぶつけてくれ。
お願いだ、そんな悲しそうに、笑わないでくれ。
「怒れないよ、こんなに悲しい顔をしてるデイダラくんを、怒るなんてできないよ」
「〜〜ッ、**、!!」
バカみたいに優しい声で、手のひらで、オイラの頭を撫でるから、またバカみたいに涙が溢れた。
「ごめんな、**っ、!」
「もう、…次ごめんって言ったら、頬っぺたつねっちゃうよ?」
「**、!」
「そうだなぁ、里で有名なよもぎ餅を明日持ってきてくれたら、許してあげる」
「っ、**、」
ぎゅ、と**に抱き着いた。その手がよしよし、と俺の頭を撫でる。
もう怖がらせないでね、そう言う**の言葉に何度も頷いた。もう絶対に傷つけない。傷つけたくない。
何がなんでも、守りたい。後悔するのは、もう嫌だ。
暗い海で手招く嫉妬
置いてけぼりの唐傘が、ひっくり返って水を溜めた。