「お待たせ、!」
「全然待ってないぜ、うん」
カタカタと下駄特有の音を響かせながら、木に手をついて肩で息をする**。
荒い息と乱れた髪、紅潮した頬っぺた、そしてすこしの上目遣い。
諦めることを諦めるまで3秒前。
(なんだよ可愛すぎかよなんかエロいしやばいこれはふざけんなよあぁぁぁぁぁ)
「デイダラくん?」
「どうした?うん」
「?なんか、様子がおかしいと思ったんだけど…」
「気のせいだ、うん」
やばい、危なかった。絶対一瞬顔に出た。手のひらに爪が食い込んで痛い。歯と爪に挟まれた皮膚がめちゃくちゃ痛いぜ、うん。
ふぅー、と息を吐いた。心を穏やかに、オイラ。
ちらりと見れば不思議そうな顔をする**。もう一度、頭を撫でて「なんでもない」と言ったら、嬉しそうに目を細める**。
勘弁してくれよ、うん。
「今日は何してたんだ?」
「うーん……まぁ、いつもと変わらず家事、かなぁ。デイダラくんは?」
「ん?オイラはまぁ、情報収集ってとこだな」
「なんだか忍者みたいだね」
「忍者なんだって、うん」
川の畔りに座ってチャプチャプと水を触った。昨日とは考えられない透明度。手頃な石を投げれば綺麗な放物線を描いてトプンと沈んだ。
「デイダラくん」
おもむろに口を開いた**。ん?と**の顔を見て聞き返したら、向こうも俺をまっすぐ見ていた。その視線がくすぐったくて、すぐに逸らしてしまう。
「…昔、ここで線香花火したの、覚えてる?」
『線香花火』
その言葉だけで、一瞬で蘇ってくる記憶。
忘れるわけがない。忘れたくても、忘れられないほど深く心に刻み込まれた夏の思い出だ。
「…覚えてるぜ、うん」
「そっか、…わたしも、覚えてる」
何を言うわけでもなく、言葉が止まった。川が優雅に流れる音が微かに耳に届く。もう一度、ぽーんと石を投げたら、同じように水面に石が触れた音。
呑気な音を立てた石がゆっくりと沈んでいった。
「…三年も経ったのに、今でも鮮明に覚えてるぜ、…うん」
「ふふ、わたしも。」
あの時何を言ったのかも、どんな気持ちで、手に触れたのも、抱きしめて、最後にキスをされたのも。全部、全部、覚えてる。
若かりし頃なんて言うけれど、あの時は必死だった。自分の芸術を追い求めるのも、どうしても欲しいものをどうすれば手に入れることができるのかも。
必死だったけど、叶わなかった。
「……花火、するか、?」
出た言葉はあまりにか細くて、情けなくて、必死だった。震える喉を抑えきれずに揺れた声。
下心しかない馬鹿げた願望。もう一度だけ、触れたいと思ってしまった。
「え?」
「もう一回、夏、しようぜ、うん」
「…いいね、したい。楽しそう」
探り合いしかできないオイラ達。それでも、お互いの本音を言うには陳腐なゲームしかなかった。
次は、本音を聞きたい。あの時どう思っていたのか、どうしても知りたかった。
に、と笑って**を見たら、同じような表情で笑ってた。いたずらっ子みたいな顔で、少し視線を揺らしながら、時折オイラと目があった。
「いたずらっ子みたいな顔だね」
「**もな、うん」
そう言うとふふ、と綺麗に笑う**。かわいい、きれい、欲しい、と本能が思ってしまう。だめだ、ほんと、思いをぶつけてしまいそうになる。
「いつしよっか」
「明日はどうだ?」
「うーん、明日は雨だから、明後日はどう?」
「あー、…雨は嫌いだ、うん」
「わたしも、あまり好きじゃないかな」
夏は雨が多すぎる。せっかくの夏なのに、雨だったら何にも楽しめない。明日も、そうだ。
「…明日、会えねぇかな、…うん…」
「…雨でもいいなら、会う?」
「!」
ーー会う!
ほぼ無意識に口から出た言葉。思った以上に大きい声で自分でびっくりした。そんなオイラを見てか、クスクスと口に手を当てて笑う**。
あまりに可笑しそうに笑うから恥ずかしくなって、なんだよ、と**のおでこをトン、と指で押した。
「ごめんごめん、すごく可愛らしかったから、つい、ね」
「男に可愛いなんて言うもんじゃねぇよ、うん」
「ふふ、ごめんなさーい」
「思ってねぇだろ、うん」
なんかツボにはまったらしく、クスクスと笑いが止まらない**。久しぶりにこんなに笑ってるとこ見たから、もう恥ずかしさとかどうでもよくなってきた。
(…笑ってくれてんなら、いっか)
昨日は元気がなさそうだったけど、この笑顔が元気だと象徴しているようで安堵した。今日、いいことがあったんだろうな。
「花火、用意しとくね」
「わりーな、ありがとな、うん」
ポン、と無意識に頭を撫でた。ついつい自分よりも下の位置にあるから撫でてしまう。
子ども扱いしないでよー、と眉を下げる**がまた可愛くて、ついついその手を止められなくなる。
「ごめんって」
「やめる気ないでしょ?」
「ははっ、バレたか、うん」
「もう、……デイダラくんだけだよ、こんなことするの、」
『デイダラくんだけ』
甘美な響きが鼓膜をくすぐる。口角が上がったのを隠しもせずに、そーかよ、と呟いた。
俺だけ。他の男にはされてない。
優越感と独占欲で気分が上がる。しつこいって思われるほど頭をぐしゃぐしゃに撫でてやった。
「わわっ、」
「**の頭は撫でやすいなぁー、うん」
「わ、ちょっ、髪の毛ぐしゃぐしゃだよ、!」
最後にポンと手のひらを置いてから手を下ろした。いつも整った髪の毛がふわふわと散らばっている。もー、と微塵も怒ってない声で髪を整える**。
改めて思ったけど、髪を整える仕草って、なんか、色っぽい。
「デイダラくんのばか」
「ごめんって、うん」
また吸い寄せられるように手が髪の毛に伸びる。
今度は優しく撫でるように指を通した。滑らかに指の間を滑る髪。オイラのとは大違いだ。
「**の髪は、綺麗だな、うん」
「…ありがと、デイダラくんのも、綺麗だよ」
「オイラが綺麗って言われてもなぁ〜」
「綺麗だよ」
そう言って、ゆっくり伸びてきた手。金色の髪から、**の細い指が垣間見えた。
うっとりとオイラの髪を見つめる**。その表情があまりに儚くて、息が詰まった。
消えてしまうんじゃないか、そんな言葉が頭をよぎった。
「デイダラくんは、…綺麗だよ」
「……**に負けるぜ、うん」
「そんなことないよ、私は……」
最後、**がなんて言ったのか、口は動いてたのに、言葉は聞き取れなかった。いや、聞き取ろうとしなかったのかもしれない。
こんな綺麗で儚い**が、いくらネガティブ思考だからとはいえ、自分のことを「穢れてる」なんて言うわけないと、そう思っていたから。
綻びだらけの夜の話(剥がれた笑顔はもう元には戻らない)