その恋心、有罪


夏の太陽はすっかり堕ちたというのに、日の上らない空間にこれ以上にない暑苦しさを与えるのはなぜだろうか。

着物の中で、雫が肌を滑り落ちる。帯の部分にじわじわと汗水がたまる感じがなんとも気持ち悪い。

夏は夜。だれかはそう言ったけど、雨上がりの夏の夜はどうも好きになれない。


(タオル、忘れた…)


周囲の湿気にやられ、着物の中の湿度は上昇傾向。そんな状態で汗を拭うすべがないとなるともはや苛立ちすら感じる。

川を弄ぼうにも、雨上がりの川はいつもより勢いを増し、透き通った水を茶色に濁らせる。人差し指ですら触れる気がなくなる。

夜の10時に家を出て、なん分経過したのだろう。家からこの場所までは推定45分。待ち惚けしてから、30分くらい経ったのかもしれない。

思い人はまだ来ない。


(今日は忙しいのかな、?)


暑さのせいで時間の流れが遅く感じる。しかし久しぶりのデイダラ君に会うという出来事が私をどんどん焦らせて、どうしても会いたいという気持ちがムクムクと大きくなる。


(もう会えないんじゃないか)(あと少しだけ待ってみよう)(もう随分時間も過ぎたから、)(でも私が帰った後にデイダラくんがここに来たら…)


ほんのわずかな時間で何度も自問自答の繰り返し。頭を使うのも少し疲れてくるのに、そのどうしようもない思考回路は止まらない。


思いとは恐ろしい。こんなに人の行動を左右させるなんて。


(…あの雫が、あと30回落ちたら、帰ろう)


雨上がりの木に垂れ下がる一枚の葉から、ポタリ、ポタリと雫が落ちる。いち、に、さん、と数えた。なかなかマイペースに落ちる雫をぼんやりと数える。

それだけで少しは気がまぎれると言うもの。音もなく大きめの石に打つかる雫が、すでに濡れている石を均等に濡らしていく。


(12………13…………)


落ちる感覚がスローペースになっていってる気がした。ずっと雫が落ちなければ、ここでずっと彼を待てると言うのに。


「……デイダラくん、」
「呼んだか、うん」
「っ!?」
「おっ、と…危ねーな、うん」


15滴目がポタリと落ちる時、後ろからかけられた声に思わず後ずさる。その時、石につまづいてしまいバランスを崩したが、そんなわたしをデイダラくんが腕を掴んで支えてくれた。


「デデデデデイダラくんっ、!!?」
「……久しぶりだな、**」


少し大きくなった彼は、少し見上げないといけなかった。なんかもう全部が大人っぽく成長していて、お礼の言葉すら出てこない。

正直なところ、ものすごくかっこよくなってる。


「ひ、さしぶり……」
「…おう」


ダメだ、まともに顔を見れない。会いたかった思いがそのまま恥ずかしさとか、愛しさとかに還元される。

心臓のドキドキが止まらない。顔が熱い。触れられた腕も、痛みより熱さと緊張のおかげで気にならなかった。


「元気、そうだね、」
「…**は、ちょっと痩せたか?、うん」
「…そうかな?ダイエットしたつもりはないんだけどなぁ」
「でも、まぁ、…その、なんだ、…」


ーー綺麗になったな、うん。


だめ、お願い、そんなこと言わないで。期待してしまう自分がいるから。

暴れだす心臓がバレないようにぐっと唾を飲み込んだ。ドキドキしすぎて、体が震えそう。
わずかに開いた口から、情けない声が出た。


「ありがと、…デイダラくんも、、かっこよくなったね、」
「…ははっ、ありがとな、うん」


あの夏の思いがぶり返す。気持ちが溢れて口から言葉が出てしまいそうになるのを、罪悪感と背徳感が蓋をして抑える。

こんなにかっこよくなってるなんて、ずるい。


「その、**、」
「?、どうかした?」
「これ、…一応、お土産、」
「えっ、そんな、いいのに、!」
「オイラが渡したいんだ、だめか?」


小首を傾げられ、だめか?なんて眉を下げて聞くもんだから、ダメなんて言えるわけもなく。綺麗にラッピングされた袋は皺一つない。ポーチから取り出す時もすごく慎重だったから、大切にしているって気持ちが伝わってきた。

ありがと、とつぶやきながら受け取った。手のひらサイズのそれに、わずかな重みを感じる。


「開けていい?」
「おう」


封をするために貼られたテープをできるだけ慎重に剥がす。テープに袋の表面が引っ付いてしまった時はヒヤヒヤしたが、それでも破れることなく剥がせたそれに満足した。


「…っわぁ、きれい、」
「今いる里にしかない、宝石なんだ、それ」


透き通る青い宝石がついたネックレス。それがあまりにきれいで、手にとって星空にかざした。
どんな星よりも綺麗なその宝石を持っている自分が誇らしくなるほど、美しかった。


「気に入ってくれたみたいでなによりだ、うん」
「いいの?こんな綺麗なもの…高かったよね、?」
「**のためだ、本当はもっと大きいやつを買おうと思ってたんだけどな、うん」
「ううん、これがいい、」


もう一度、ありがとうと心を込めて言った。本当に、綺麗な青。嬉しすぎて興奮してしまう。


「この青、すごく好き、」
「**は昔から青が好きだったな、うん」
「うん、デイダラくんの瞳の色だから」
「っ、」


早速つけてみようと、金具の部分を外して首に回す。カチ、カチ、と触れ合いはするがなかなかつけれない。
んー、と唸っていたら、デイダラくんが後ろに回ってきて、私の手から金具をそっと取った。

触れ合った手に温かさを感じてどき、と心臓がなった。


「……なかなかつけれない、うん……」
「…ふふ、がんばって」
「んー……」


カチ、カチ、と音が鳴るけど悪戦苦闘するデイダラくん。度々手が首元に触れて、その度に体がじわりじわりと熱を持つ。ドキドキとうるさい心臓。気が狂いそうなほど、愛しい。


「あ!できたぞ!うん!」
「、ありがと」


クルッと回転させられた私は、問答無用でデイダラくんに向き合った。じっと私を見つめる瞳は、本当に私の好きな色。好きな瞳に見つめられると恥ずかしくて、思わず視線を逸らした。


「似合ってる、うん」
「〜〜っ、ありがと、すごくうれしい、」


デイダラくんの一言だけで、涙が出そうになるほど舞い上がる。デイダラくんは、私をおかしくさせる天才だ。

この時が、永遠に続けばいいのに。

そんな叶わない願いを嘲笑うように、星々が健気に瞬いた。




その恋心、有罪
好きだけじゃ収まらないほど、狂ってる。