雨のち2度目の初恋


夏は、好きだけど、嫌いだ。


「おはよー、デイダラ」
「はよ。なぁ、この机なんだ?うん」
「わかんない。なんかで使うんじゃない?」


窓側の端っこはオイラの特等席だったのに、オイラの机をずらしてさらに端っこに無理やり詰め込んだような机。
落書きだらけの机に荷物を置いて、ラッキーと言わんばかりにその机に部活のカバンを置いた。


「あ、ずるい」
「へへっ、これもオイラの机にしよーっと」
「転校生とかが来たりして」
「んなことねぇよ、うん」


あれから、転生というものをしたんだと思う。旦那が言ってた。あの頃の記憶があるからか、いろんな奴に気持ち悪がられたが、忍術もなんも使えないこの世で、オイラの記憶を証明してくれるのは担任の旦那しかいなかった。

なんかもう、知ってるやつらがちらほら周りにいて麻痺しそうになる。旦那が担任ってだけでおかしいのに、上の学年にはイタチがいたり、先生には角都やゼツっぽいのがいたり。
なんだよ、暁だらけじゃねぇか、なんて呆れたのは記憶に新しい。


「なぁデイダラ!!化学の教科書貸せ!」
「はぁ?お前また忘れたのかよ、飛段」


実を言えば飛段が同期だったり。変な感じだったのは、気づいたら慣れてた。この学校生活とやらに順応しきってしまったらしい。

化学の教科書をロッカーに取りに行く途中、飛段がそうそう、と言いながら近づいて来た。


「今日、部活休みだってよ」
「はぁ?なんでだ?」
「サソリが『デイダラのせい』なんて言ってたけどお前なんかしたのか?」
「俺の?意味わかんねぇな、うん」


なんかしたか?と記憶を掘り返してもさっぱりわからない。まぁいいや、ラッキー。と呟いて使わなさすぎてピカピカの教科書を手渡した。


「おい、あと1分で旦那来るぞ」
「うわやべっ、じゃあな、サンキュー」


記憶はあるけど旦那は顧問だから怒るとめちゃくちゃタチが悪い。先生という権力全て行使して来るからたまったもんじゃない。
早々に席について、カバンを抱きかかえるように頭を伏せた。雨が降ってジメジメ暑い中朝練して来たから辛いのなんの。疲労は溜まりまくって仕方ない。

ちら、と外を見た。朝練中に降ってた雨が嘘のように止んでる。タイミング悪すぎだろ、もっと早く止めって。


キーンコーンカーンコーン、と間延びしたチャイムが響く。それと同時にガラリと開くドア。教室を恐怖支配している旦那のおかげで、それと同時に席を立つ生徒。俺もしかり。

日直の「れーい」なんてやる気のない声とともに頭を下げながら席に座る。座った途端、旦那がバッチリと俺を見ていた。


「…今日から転校生が来る。」


朝の挨拶なしにいきなりそんな爆弾を投下する旦那。まじかよ、と思わず呟く。朝言ってたことが現実になるなんて。

ざわざわとする教室を旦那が黙れの一言で一蹴する。言葉通りに喋るのをやめる生徒。旦那の傀儡かよ。


「席はデイダラの隣だ」
「サソリ先生、男ですか?女ですか?」
「女だ」
「かわいいですかー?」
「知るか自分で決めろ」


チャラけた声にクスクス笑う生徒達。その旦那の返しもさすがと言わざるを得ない。

特に面白くもなかったからぼんやりとまた外を眺めた。端っこだった時はもっと見易かったはずの空が、やけに狭く見える。


「じゃあ呼ぶぞ」


顔だけは気になるから、その声と同時に前を向いた。なぜか、旦那は俺を見ていた。


「入ってこい」


ガラ、と控えめに開かれたドア。その先を真っ直ぐ見つめた。女が、一歩教室に入ってきた途端、思わず息が詰まって、目を見開いた。


「挨拶しろ、**」
「はっ、はいっ、!」


緊張した表情で、視線をふよふよと動かす女の名前を旦那は間違いなく『**』と呼んだ。


「今日から、このクラスで、一緒に勉強させていただきます、**で、「**…っ!!」


ガタっと椅子が倒れた。クラス中の視線が一気に向いたが、それどころじゃない。

いろんな机とぶつかりながら、慌てて教室の前に移動する。ガッ、と**の両肩を掴んで、まじまじとその顔を見た。

間違いない、**だ。


「〜〜っ、**、!」
「っ、はい、?」


会いたくて仕方なかった**。どれだけ焦がれても、記憶の中でしかいなかった**。その**が、ここに、いる。


ぎゅうっ、とその体を抱きしめた。今度は、絶対絶対、放してやるもんか。何がなんでも、次は、オイラが幸せにする。もう、あんな目にあうのは、嫌だ。


「離れろ、デイダラ」
「旦那、**が、「あの」


戸惑いがちに開かれた口。**の声が、耳にダイレクトに入って来る。やっぱり、変わらない、**のままだ。


「だれ、ですか…?」


その言葉とともに、透き通る目から溢れた涙。
あまりにその言葉がショックで、呼吸の仕方を忘れたかのように唾を飲み込んだ。それでも、手はすぐに**の涙を拭うように動いた。


「デイダラだ、…覚えて、ねぇか?」
「デイ…ダラ、…?」


困惑するように、ぐしぐしと涙を拭う**。目、傷つくぞ。そう言いながら、やんわりと**の手をどけて、指で涙の跡を拭った。


「っ、ごめんなさい、あれ、なんで、涙が、止まらな、っ、」


不思議そうに、でも苦しそうな目で、オイラを見つめる**。本当に、覚えてないらしい。ポロポロと落ちる涙が止まらないけど、心の奥底で、その涙に期待してしまう。


「…お前に記憶がなくても、それでもいい、」
「〜〜っ、」
「オイラが、死ぬほど笑わせてやるから、幸せにするから、」


オイラから、もう、離れるな。
そう言ったら、また涙が溢れた。苦しそうに息をする**。なんとかしてそれを止めたくて、やんわりと頭を撫でた。


「なん、で、わたしなんかを、…」


なんで、なんで、としゃくりあげながら呟く**。その姿があまりに愛おしくて、あの頃に戻ったみたいで、笑って言った。


「**が好きだからだ、うん」


その言葉の後、ぎゅ、と胸元に手を置いて服を握りしめる**。止めどなく流れ出る涙が、オイラの手を濡らしていった。


「よく、わから、ない、けど…」
「わからなくていい、何も気にするな、**」
「ありがと、っ、デイダラくんッ、」


**の首元の、青いネックレスが服の下からチラリと姿をあらわす。それを見て、運命だ、なんて思わず笑ってしまった。




2
雨上がりの空には、大きな虹がかかっていた。