ほうき星が腐敗する夜


時間がない。**に残された時間が、着々と減っている中、ただ何もせずにいるなんてできない。

ごめん**。もっと、ちゃんと、お前の気持ちとか、そう言うの考えられたらよかったのに。もしかしたらオイラの自己満足なのかもしれないのに。
ごめん。でももう、我慢できなかった。

ポーチの中に多めの粘土を仕込み、暁の装束を翻して旅館を出た。午後の里は、やっぱりいつもと変わらない。いつもと違うといえば、珍しく旦那がヒルコから出ていることくらい。
正直、昨日のことがあったから気まずい感じにはなってるけど、旦那がいつも通りの対応をしてくれてるから助かってた。


「顔色悪ぃぞ」
「あんま寝てねぇからな、うん」
「…決めたのか」
「……うん」


無理やり連れ去ることを、決めた。何がなんでも、**を助けたい。例えそれが**の望みじゃなくても、オイラが全部の罪を被ってでも**を助ける。昨日徹夜して決めたことだった。

それでいいのか、と自分を責める罪悪感が苦しい。オイラが助けたいのは**じゃなくて情けないオイラのどうしようもない思いなんじゃないのか、全部自己満足なんじゃないのか、考え出したらずっと頭を支配した。

違う、そうじゃない、わかっているのに、苦しい。わかっているから、苦しい。


「…旦那は、オイラの立場だったら、どうしてた、?」
「…その答え聞いて、意見変えんのか?」
「…ははっ、」


変えないな、うん。
乾ききった笑い声がほんの少しだけ罪悪感をも吐き出した。

どんよりとした雲。今にも雨が降ってきそうだ。できれば、雨が降らないうちに**に会って話がしたい。**が体を冷やすのは良くないから。


「おっと、失礼」
「すまねぇな、おっさん、うん」


トン、とぶつかった肩。背の高い言わばかっこいいに分類される人だったと思う。まぁ特に興味もなかったから、そのままスルーしようとしたら、チャリ、と金具が地面に落ちる音がした。

あのおっさんの落し物か?と思って無意識に振り返った。


「おい、どうした」


地面に落ちていたのは、見覚えがありすぎる青い何かがついたもの。何かなんて、すぐにわかった。青い宝石がついた、ネックレス。



『デイダラくんの瞳の色だから』



忘れもしないあの言葉が頭によぎった。
地面に落ちたそれに恐る恐る手を伸ばす。近づけば近づくほど、疑念が確信に近づく。

指先に触れた宝石を、手に取った。わずかな重みに冷たいそれ。金具の部分がひしゃげ、チェーンの部分は切れていた。この青は、間違いない。

オイラが、**にプレゼントした、あのネックレスだ。


「あぁ、落としてしまったね、失礼、拾ってくれてありがと、「おい」


ネックレスに伸びてきた手を思いっきり掴んだ。手の中では骨が軋む振動。男が顔を歪めたことなんて気にも留めなかった。


「これ、**のだよな」
「…なんのことかな?」
「なんでお前が持ってんだよ」


声のトーンが一瞬低くなった。しかしそのあとはおちゃらけたように「あぁ、妻の**の知り合いかな?」なんて言ってきて、腕を掴む手の力がさらに強くなった。


「妻が壊してしまってね、今から金具屋に治しに行く所なんだよ」
「金具屋は反対方向だぜ?」
「…その前に寄るところがあってね。手を離してくれないか?それとそれも、返して欲しいのだが」


子供を諭すような口調に自制がきかないほどの怒りで震えた。腕を掴む爪の先が白くなる。

この手で、こんな汚い手で、**を何度も、


「…なるほど、君が夜にコソコソと妻と会っていた男か」
「だったらなんだ、」
「全く、俺と言う人がいながら浮気をするだなんてとんでもない女だな」
「ハッ、なにが俺と言う男だよ。その嫁に暴力を振るう男が相手じゃ当たり前だろうな」
「暴力?俺が?何をふざけたことを」
「とぼけるのもいい加減にしろよ…っ!!」


怒りに任せて男の胸ぐらを掴んだ。挑発的にオイラを見る男がニヤリと口を歪ませる。その意地汚い笑い方に頭にカッと血が上る。

整った顔立ち、高い身長、高級そうな服で、身なりはかなり良かった。でもこの汚い笑顔がそれらを全て覆い隠すほどの何かを秘めていることがわかる。
きつい酒の匂いが漂ってきて、思わず顔をしかめた。


「一日帰ってこない日があったが、君といたのか?」
「…だったらどうした」
「セックスでもしてたのか?」
「ッ、なに言って、!!」
「醜いだろう?あの体は。まぁ、俺がつけた痕だけどな」


ペラペラと酔った勢いで話し始めた男。言葉一つ一つが信じられないほど人とは思えない発言で、全身の血液が沸騰したかのように感じた。


「傷跡にキスマークを残したのは君だね?全く、俺の物でありながら他の男に触れられるならまだしも、犯されるだなんて、帰ったらまた仕置きだな」
「テメェッ、**のことなんだと思ってるんだ!!!」
「馬鹿な女さ。家族のために自己犠牲をするしかできない馬鹿だ。まぁ、最後に歯向かってきたのは実に面白かったがな」


胸ぐらを掴むオイラの手を取った男。その袖口には血が付着していた。まさか、と思ってネックレスを見たら、それにもわずかに血の塊が。


「殴ったのか…!?」
「珍しいネックレスをつけていたからね。なかなか渡してくれないから少し教育をしただけさ」


あの子の睨んだ目、とても良かったよ。嫌だ、返してと泣き叫ぶ姿は実に憐れで醜かった。あいつの泣く顔は本当にそそられるよ。君もどうだい?痛みに耐える表情を見て見たくは、っ、

堪らないとでも言いたげな表情。ゴミより汚い男の言葉に耐えきれなくなった怒りがいとも簡単に殺意に変わった。

気づけばポーチの中に手を突っ込み、粘土を握りしめていた。

そしてそのまま怒りに任せて拳を腹に突き立てる。内臓が中で潰れる感触と、男が口から汚い血液を吹き出させた。


「ぐ、、あ"あ"っ、」


呻く男。もっと苦しめばいい、それしか考えられなかった。何度も何度も拳を打ち付け、その度に血を吐き出す男はとうとう膝をついて地面に倒れた。

それでも顔面にも拳をぶつけた。変形していく顔になんの感情も抱かなかった。


それからは、旦那の制止がかかるまで止められなかった。


「もうやめとけデイダラ、死んでる」
「………」


息のない男を見て、虚しさだけが残った。どれだけ痛めつけても、苦しめても、心は一切晴れない。
最後に粘土アートを口に突っ込み、男の顔を踏んづけてから立ち去った。去り際に、『喝』と呟くのは忘れずに。



箒星が腐敗する夜
今まで見てきた中で、最も汚い爆発だった。