散る為に咲く花


「また一段と、しけた顔してんな」
「旦那…」


あの後、どうやって帰ってきたかは正直覚えてない。死んだように部屋に帰れば、当然のようにオイラの部屋で傀儡をメンテナンスしている旦那がいた。


「あぁ、…ちょっと、な…うん、」
「あの女か」
「……」


ーーもしね、私が、もうすぐ死んじゃうってわかってたら、デイダラくん、どう思う?


着替えることもせず、ぼふ、と布団に倒れこんだ。あの**の言葉が頭にこびりついて離れない。もしもだってわかってんのに、心に深く錆のようにこびりついた。


「連れて帰ることはできそうなのか?」
「……行かないって、…言われた、」
「無理やりにでも連れ去ればいいだろ」
「っ、**の気持ちを尊重したいんだ!」
「その結果がこれか」
「〜〜ッ、」


だからお前は甘いんだ。
追い討ちをかけてくる旦那になにも言い返す言葉が出ずに、ただ怒りを発散させるために枕を握りしめた。


「旦那に**のなにがわかるんだよ!!」
「知らねぇよそんな女。興味もわかねぇ」
「だったら、!「黙れ餓鬼が」


ぶわ、と殺気が漏れる。傀儡から視線をこっちに向けた旦那がオイラを嘲笑うように口を歪めた。

無意識にチャクラが手に篭る。クク、と肩を震わせる旦那。


「俺とやりあうか?」
「……」
「根性無しのクソ餓鬼が、だから女の一人捕まえられねぇんだよ」
「…うるさい、」
「ぶん殴られて青痣できてもお前についてこないのはそれが理由だろ」
「うるさいな!!」


煽られてるのはわかってる。それでも**のことになると歯止めが効かない。

オイラがキレたところで、旦那には痛くも痒くも無いことはわかってるけど。


「死にかけの女一人守れねぇ体たらくが、ギャーギャー騒ぐな」
「〜〜っ、この部屋から出て行ってくれよ、うん…!」


ぎゅう、と手を握りしめる。カタカタと怒りで震えるそれにチャクラがじわじわと籠められる。

それを見たらしい旦那が、小さく口を開いた。


「…相手のこと思ってかどうかは知らねぇけど、くだらない自己犠牲だな、見てて反吐が出る。お前も、あの女も」
「っ、何言って、」


そう言って立った旦那が、傀儡を巻物に入れてからガチャガチャと雑に工具を片付けた。


「俺に言わせれば、お前の方があの女の何を知ってるってんだ」
「……なんか、知ってんのかよ、」
「さぁな、」


眉を釣り上げて口角をあげる旦那の襟元を掴み、背中を壁に押し付けた。

ガシャンッ、
無機質な音が部屋に響く。痛みを感じない旦那は気にしないと言った様子でオイラを見ていた。


「…言えよ」
「テメェ…誰に向かって口聞いてんだ」


震える拳が壁を殴りつけた。頭がぐるぐると回ってうまく動かない。じわじわと拳を通って痛みが伝わる。
キッと殺気を孕んだ目で旦那を睨みつけた。かくいう旦那も、オイラの言葉に苛立ちを示すように自身を掴む腕に爪を立てた。


「離せクソガキ」
「っ、頼むから教えてくれよ…ッ!」


知りたいと思う自分と、なぜか心のどこかでは知りたくないと思っている自分がいる。相反する二つの自分がうまく混ざり合わなくて混乱する。

なんで知りたくないのかなんてわからない。ただ、知ってしまったら取り返しがつかないような気がして、さらに自分が嫌になると思った。


「…ま、俺には関係ねぇからな」


珍しく歯切れの悪そうに言う旦那。自分に言い聞かせてるようだった。

いやだ、聴きたくない。教えて欲しくない。なにも知りたくない。


「あの女、」


やめてくれ、もう笑えなくなりそうで嫌なんだ、絶望しそうで嫌なんだ、

**が、いなくなりそうで、いやなんだ


「もう長くねぇぞ」


あぁ、そうか。怖かったんだ、現実と向き合うのが。
そうわかった途端、笑顔とは程遠い歪んだ顔から、乾いた笑い声が溢れた。涙すら浮かばない。瞳の奥に映るのは、嫌いだと言った返事の笑顔だった。

力が抜けて、だらんと腕が下がる。着物を整える旦那が、眉を顰めてオイラに口を開いた。


「……お前には言わねぇつもりだったらしいが、知ってたのか?」
「…もしもの話を、されただけだ…うん」
「こんな時まで面倒くせぇ女だな」


半ば受け止めてたようなものだ。思ったよりも動揺はしなかった。そうか、もうすぐ、**は死ぬのか。

人の死なんて、今まで考えたこともなかったから、わからない。ただ、心臓が丸ごと無くなったみたいな、そんな気分だった。


「…あと、どのくらいだ」
「…病院にも行ってねぇからな、良くて半年だ」
「半年……」


あと半年で、**が死ぬ。**はそれを知ってるから、オイラについて来ようとしないんだ。

なんて馬鹿で、マヌケで、意味がわからなくて、**らしいんだ。

いろんな出来事や感情や疑問や絶望が絵の具みたいに綯交ないまぜになって胸が爆発しそうな、そんな時だった。
旦那の言葉が、身体中を駆け巡った。


「…傀儡にしてやろうか」
「っ…は、」
「少なくとも、俺がいる限り女は死なねぇぞ」


永遠の美こそが芸術だ。
旦那はよくそう言っている。オイラには全く理解できないものだった。だらだらと消えそうになりながら光るくらいなら、一瞬で最も美しく輝けばいい。それが、オイラの芸術だった。

だったのに。


「傀儡って、…**をか…?」
「………」


なにも答えない旦那。無言は肯定を示していた。

永遠の美は、永遠の命。意味の分からなかった言葉を無意識に求めていた。**がずっとオイラのそばにいてくれる。死ぬまで、ずっと。
どんな方法で傀儡にするかは知っている。内臓をとって、血を抜くんだ。それから、腐らないように処理を施す。
でもそれさえすれば、**は死なない。すぐには無理でも、いつかオイラの隣で笑ってくれるかもしれない。死に怯えることはない。ずっと**のままで、……。


「、**にッ、触れて欲しくないんだ…ッ!!」


身勝手な独占欲が、それを止めた。もう誰にも触れさせたくない。切り傷一つ付けさせたくない。**の泣く顔を見たくない。

唇を噛みしめるオイラに、旦那が一言、「そうか」とだけ呟いた。




散る為に咲く花
「少しだけ、永遠の美が、羨ましくなった」
そう言ったら旦那がまた、「そうか」とだけ呟いた。